池田 満寿夫
サンケイ新聞土曜版に連載 中公文庫
池田 満寿夫の男の手料理は、ご本人いわく
「モットーは、”手抜きの料理”である。 もっと格好よく言えば、料理は機知である。」
奥様の佐藤陽子さんは、ご自分の料理哲学とともに 池田 満寿夫の料理をこう表現された。
「料理の一番のポイントは、材料探しである。 料理10のうち、6.5がいかなる材料を揃えられるか、 あと2.5がそれらの味をいかに殺さずに調理できるか、 最後の1はひらめき、というのが私の料理に対する考えである。 技術は、素材をこわさないためにのみ使われればいい。 満寿夫の料理は、おもにひらめきのみである。 ただし天ぷらだけは例外で、私は満寿夫と一緒になってからは、 天ぷらを作るのをやめてしまった。」
その池田満寿夫が書いた男の手料理62のうち2つがそばである。
P119 花巻そば
「ここ10年位前から、そば屋に「冷しきつねそば」とか「冷したぬき」などが 現れてきた。これは明らかに冷し中華の人気に対抗した産物に違いない。 ならばと更に頭をひねった工夫そばに、”花巻そば”がある。 これは女房がどこかのそば屋で初めてお目にかかった新種で、 私に種明ししてくれたものなのだ。 つまり、皿に盛ったざるそばの上に冷し中華の具をのせ、ざるそば用のタレをかけた日中友好そばである。日本そばの干めんならどこの家でも常備している。 ざるにしようか、冷し中華にしようかという悩みを一気に解決してくれる名品である。ただ何故それを花巻そばというか、私には分からない。」
P154 イナリ風ソバ
「イナリ寿し用の薄揚げをしょう油、砂糖少々のダシ汁で煮る。そこにゆでて水洗いしたソバをイナリ寿しの寿し飯の代わりにつめるのである。 最近は冷しイナリソバがソバ屋で時々見受けられる。ソバの上にのっている薄揚げを、薄揚げの中にソバを入れかえるだけだが、これは手づかみで食えるから、大変便利である。それに、想像しているよりも遥かにうまい、という重要な特徴がある。」
そば打ちにこだわらない、そばの料理の楽しみ方が、ここにはある。 料理一品毎に、この料理を発想するにいたる話が書かれて、その文章の面白さにひかれる。
奥様が、「彼の作る食べ物は、単純な中に心温まる何かがある。」と書かれているが、「心温まる何か」が生れるもとが、その文章に垣間見られるような気がする。
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