CYMA’S MURMUR

2003年12月12日(金)   マイスタンダードと自分への信頼感


昔。

付き合っている人がいながら、
別の人とホテルへ行った。

まあ、前後の事情があるといえばあるし、
ないといえばない。

割と突発的に行動力が出るタイプなので、
何かの契機になればという程度の気持ちだったけど、
そうなってしまった。

3ヶ月くらいその人とデートしてた。
"一応"ではあるが、その人のことも好きだった。
俗に言う二股?

でも、本命彼氏の方と、その間ほとんど会ってないから、
なんか純粋な二股(?)でもない気がする。

どちらも好きとか付き合うとかそういう単語を出さなかった。
双方ともに、ステディは別にいることは知っていたから。

結局それはなし崩しになかったことになり、
そのとき付き合ってた人にバレることもなく、
何の契機にすらならなかった。

本気じゃないって、そういうこと。

その人のことで、泣いたり悩んだりもしたけど、
やっぱり「本気」ではなかったのだ。

そのせいか、今振り返っても、あの頃のことはよく思い出せない。

でもそのときに思ったのは、

これでもう私は誰も信用することができない。

ってこと。

それこそが、自分がしでかしたことの罰なのだと思った。

自分がやってしまったことを、
何故他人がやらないと言い切れるだろう?

将来私と付き合う人を、
私は信じきれなくなってしまったんだな。
自分のせいで。

そう思った。

今回の馬鹿男の件で、そんなことをふと思い出した。

結局人間の想像力には限りがあって。
なかなか、自分の考えと他人の行動根拠を切り離して予測するのは難しい。

つまり、私が、
「何かしたらリベンジされる可能性があるので注意」と思うのは、
私自身が「何かされたらリベンジする」女だからなのだ。
(いえ、そんな、多分、キッツイことはしませんよ。
 でも泣き寝入りはしないケド)

そして、私は、
「面倒な嘘をついたり手順を踏んでまで浮気なんてしたいわけないじゃん」
と思っているので、
「いっぱいメール書いたり、いろいろ手順を踏んでくる彼が、
浮気目的なわけない」と思い込んだのだ。

常にジャッジの基準は自分で。
マイスタンダードでしか物事を考えられない。

でも世の中の人の基準は、当然私の基準と合致しないこともあり。

だから。

色々な判断を誤ってしまう。

奴からのメールには「会って謝りたい」と言うわりに、
謝意も誠意も感じられない。
ただ、保身の感情だけが満ちている。
食事も喉を通らない、と、まるで自分が被害者であるような口ぶりだ。

「謝りたい」とはあるけれど、「ごめんなさい」とは書いていない。
奴のひどい嘘八百メールを読んで私が体調を崩したこととか、
丸1日以上、何も食べず、ただ眠りに逃避する羽目に陥ったこととか、
そういうことは想像できやしないのだろう。

自分本位な人。

でも、憎めない。

ちょっとでも想像力があれば、
その自分本位さをひたかくして、
とりあえず下手に謝り倒したりする手もあるだろうに。
もしくは意に反しても「好きだ」と言い続け、
私をたぶらかすことも可能かもしれない。
そんなこと思いつきもしないんだね。
まるで子供。

私にとって、時間はなによりも貴重なもので。

だから私に会うために時間を工面してくれることは、
そのまま愛情表現と受け取れた。

学生やフリーターではなく、
すごく仕事に追われている二人だからこそ。

愛情なんて、どうせ利己的な感情でしかない。

ただホテルに行って別れてそれぞれの家に帰るだけの関係だったら、
こんな勘違いしなかったろうに。
(っていうかそもそもそういう関係にはならなかっただろうけど)

ちょっとした代償(お金、時間、&リスク)をかけてでも浮気したい、
って気持ちは、理解の範疇外だったのですよ。

そんなこと言い出したら、切りがないけど。

理解できない思考回路の持ち主も世の中にはいっぱいいるって、
もういちど再認識した方がいい。

私がおかした罪を、相手もおかすとは限らないし。
私が決しておかさない罪を、罪とも思わず行う人もいるということ。

当たり前の結論でした。

<なんだか暦日付よりどんどんズレてきています。進行方向に。
そのうち落ち着くと思うので、しばらくこのまま行きます。
書きたいことは、溜め込まない。まとめると、読みにくいしね。
現実世界との接点を失ってるという解釈もできるかも。
壊れっぷりは壊れっぷりなりに、事実として。>






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