パラダイムチェンジ

2005年02月22日(火) 願いは叶う

さて、前回ほりえもんについて思っている事を書いてみたわけだが、
返す刀でじゃ、おまえ自身はどうなんだ、と言われると立つ瀬がない。
お笑い芸人のギター侍ではないけれど、切腹!ものである。
なんて話はおいといて。

ほりえもんについて一つすごいなと思うのは、彼の実行力だろう。
10年前に学生企業家としてホームページ作成ビジネスを始めてから
たった10年足らずでニッポン放送を買収するところまで会社を大きく
することに成功したのである。

今回の買収が成功するにせよ、失敗に終わるにせよ、現時点で
800億円もの転換社債を発行できるだけの力をつけたというのは
やはりすごいことなんだと思う。

ひるがえって私の場合、自営業なので、一応、超零細企業の経営に
携わっているわけである。
ま、吹けば飛ぶようなものではあるが、一応私の今後の人生は、
この仕事の成否にかかっているといえるかもしれない。

そしてほりえもんほどではないけれど、私にも将来自分がこうなって
いたいと思うビジョンはある。
今までは、えーでもそこまで到達するのは自分ひとりの力では無理かな
あ、なんて半分あきらめかけていたところもあったんだけど、今年に
入って、やっぱりできるだけのことはやってみよう、という気持ちに
なったのである。

そして、そのためにはそのビジョンをより具体的なものにしていけば、
自ずと道は開けるかもしれないと思うようになったのである。
ただし、これにはきっかけがある。

それがこれ。作家の田口ランディと、内田樹が対談していた内容の中に
願いは必ず叶う、という箇所があったのを読んだというのもひとつの
理由なのだ。
という事で、以下引用してみる。詳しくはリンク先を参照してもらう
として。


内田 私の合気道の師匠の多田先生がいつもおっしゃるのだけれども、強く念じたことはかならず実現する。逆に言えば、強く念じないと、思いは実現しない。未来図をもっていない人間は生きづらいです。それって設計図なしに家を建てるようなものだから。自分はどうなりたいのか、どういう生き方をしたいのか、明確なビジョンを持っている人は強いです。(略)

──それは弱っているときの基本ですね。実現できることだけをイメージする。

内田 多田先生は吉祥寺に住んでられたんですけど、近くに道場ができたらいいのになと思って暮らしていた。そしたらある日庭で大工仕事をされてた。お風呂を作ってたんですって。そこを通りかかった人が「何をしているのか」と尋ねた。庭にお風呂作ってたら、思わず訊きますよね。「いったい、何してるんですか?」って。で、先生は「明日イタリアに発つので、その前に風呂を作ろうと思って」と答えた。「え、イタリア? それはまたなぜ?」というふうに話がはずんで、垣根越しにずっとしゃべっているうちに、その人が「うちは庭が広いから、そこに道場を作られたらどうですか」という話になった。その方がたまたま吉祥寺の駅前にある月窓寺っていう大きな禅寺の住職さんだったんです。そして、結局先生のために、駅前一等地に百二十畳ぐらいの立派な道場を作って下さった。だから、多田先生は「内田くん、強く念じたことは必ず実現するよ」とおっしゃるんです。そうか、道場が欲しいなと思っていると、あっちから道場がやってくるんだ。というので、今僕は芦屋に百坪ぐらいの道場が欲しいなと強く念じているのです。道場の間取りとか、庭はどうしようとか、駐車場は何台分いるかな……とかそういうことを考えていると、すごく楽しい。なんだか、だんだん現実的なものになってゆくような気がして。

ランディ 神様に絶対に願いを通す、お祈りの仕方をおそわったのです。それはね、神様は言語力。たとえばお金が足りなくてどうしても300万円、明日までに必要だというときには、そのお金がどうして必要で、どんなかたちで自分のところまで来て欲しいのかを具体的に頼まなければダメだというのです。何月何日までに必要だからと。そうするとかならず入ってくる。

内田 願いって、具体的じゃないと、絶対に実現しないですね。

ランディ 欲をかいてはダメなんだって。ぴったり324万円でとか、その内訳もお願いして。

内田 たぶん、その祈っている過程で、324万円をゲットするためにどういう戦略が必要なのか、自分に何ができるか、どんな資源が自分にあるか、ということをかなり詰めて吟味してるんだと思います。324万円は神様がくれるんじゃなくて、自分が手に入れるんです。祈りを聞き届けてくれる神様を想定しておくと、クリアに戦略が立つから、祈るんです。

ランディ 子どものおねしょを治してくださいというのは、神様にはハードルが高すぎるから、おねしょをするまえにトイレに行かせてくださいとお願いをするんだよと言われてしまいました。神様が楽なようにお願いする。

内田 すでに自分が何をやるか答が出来ていること、自分でもう答を出したことしか実現しないです。祈りは具体的かつ簡潔に。よく受験生が「必勝」とか「東大合格」とか壁に書きますけど、文字だけじゃ足りないんです。もっと具体的にイメージできないと。試験の日の天気とか、気温とか、会場に入ってゆくときの足取りとか、次々と問題を解けて、笑顔でスキップしながら家路についている姿ところとか、合格発表で自分の名前を見つけて、周りの人と手を取り合って笑っているところまでイメージできるようになると、限りある自分の人間的資源の無駄のない使い方が分ってくる。そうやって描き出した未来図の実現に向かって、いろんなことがだんだんまとまってくるんです。(略)

──イメージばかりいっぱいあって、実感がついてこないことがいっぱいあるんですけれども。
内田 具体性が足りないんだよ(笑)。

──こうやって、こうなってとシュミレーションを具体的にするのですけれども。

内田 妄想と祈りは違う。でもむずかしいですね、妄想と祈りは紙一重ですから。結婚相手の条件を壁に書き出しておくと実現可能性が高まるといいますね。それはたしかに間違いではない。あたりまえのことですけれども、「身長175センチ以上」と書いておくと、とりあえず視野から175センチ以下の人は全部消えるわけですから。条件を限定すればするほど、力を集中する対象が限定される。手持ちの資源が乏しいときは勝負どころに一点集中。これはビジネスでもなんでも一緒でしょ。

──私は自分に自信がないから、全然できないのですよ。

内田 自信は関係ないですよ。目標が明確であればいい。とにかくピンポイントにする。それがいちばん効率がいい力の使い方なんだから。(略)

想像力がたいせつなんです。いろいろな状況にいる自分の姿をそのつどくっきりと思い浮かべられれば、誰と会って、こんなことをして、あんなことをしゃべって……といろいろな想像ができて、それが楽しめる人と、未来について何の想像もしてない人とでは、「いざ」というとき臨機応変の柔軟性とか、決断の早さとか、全然違うじゃないですか。

ランディ 私は気が小さいので、そういうことを言われると悪いことを想像しちゃう。こんなことを想像しちゃいけないってことを想像しちゃう。(略)

内田 悪いほうに行く人は悪い想像をするんでしょう。悪い想像が悪い現実を呼び込んでしまうんです。
 バイクはコーナーを抜けた後の体感があらかじめイメージできる人はきれいにラインが取れる。マンホールがコーナーのまん中に見えて、そのときに、あそこでリアがズルッと滑ったらやだな……というようなことを思う人が運転していると、やっぱりリアがズルズル滑り出す。だって、リアが滑っている体感を想像してしまったら、その想像的な体感が設計図になって、それを実現するように筋肉や骨格や腱が無意識的に全部動いちゃうんだから。
 イメージの力はすごく強いですよ。身体がそうやって作った「型」に吸い込まれるように入っていく。合気道の場合だと、技をかけるときは相手に「未来の体感」を送るという術を使うんです。相手を投げ終わって、その人が空中に飛んでいって、畳の上で受け身を取っているところまでイメージして、それを送る。うまく伝わると、ほとんど何もしなくても、相手が自分から宙を飛んで行く、ということが起こる。時間の流れが一瞬狂ってしまうんです。技が終わった未来の状態が「現在」で、技が始まる前の現在の状態が「過去」みたいに思えてしまう。意識のなかで時間の流れが狂って、「俺はこんなところで何をやっているのか……」と、相手から送り込まれた未来図に向かって進んで身体を放り込んでゆくような動きをしてしまうんです。
 バイクのコーナリングのときに、そうなってほしくないのに、リアタイヤが滑るイメージを持ってしまうと、リアタイヤが滑り出すのと理屈は一緒なんです。こっちが「リアが滑る感じ」を相手に送ると、相手は無意識的にその感覚を再現してしまうわけですよ。僕が何かをしているんじゃくて、その人が自分で自分を追い込んでいるわけです。



うん、だから今私は、なるべくシンプルにそうなりたい自分を想像して
次に何をしていこうかと考えているのである。
多分、そうすると自分の望んだ方向へと段々と着実に近づいていくん
じゃないのかな、と思うのだ。


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