「ボーリング・フォー・コロンバイン」のマイケルムーアの最新作に して、カンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞し、映画配給会社の ミラマックスが一時配給を拒否するなど、様々な現象を引き起こして いる問題作、「華氏911」。
予告編を映画館で見るたびに、見てみたいと思っていたので、早速 見に行ってみる。
見に行った感想を一言でいえば、「配給会社は宣伝をうまくやったな」 である。
この映画に関しては、カンヌで上映された時にスタンディングオベー ションが鳴り止まなかったに始まり、既に様々な噂は耳にしていた。 曰く、反ブッシュのプロパガンダ映画であるとか、曰く、前作の ボーリング〜に比べると、マイケルムーアの突撃リポートが少なく、 独自性に欠けるとか。
確かに、この映画は反ブッシュ、現政権批判の映画で、彼の再選を 阻止するための映画だろう。 そして、数多くの映像素材は、彼がイラクに直接乗り込んだ訳でも なく、その多くはTVのニュース映像の使いまわしである事もその通り である。
でも、この映画はそれだけではない、と思う。 この映画は、ひたすら事実を積み上げていこうとする。 そしてそのためにマイケルムーアは、2000年からの膨大なTV映像素材 を使用して、私たちの知らなかった側面を見せようと努力する。 (以下、ネタばれにつき、見たい人は要ドラッグで反転)
たとえば、 大統領に就任してから、あの911の同時多発テロが起こるまでの8ヶ月 間、ワシントンポストによれば、その42%は公務ではなく休暇であっ たことを。
たとえば、 そのWTCビル崩壊の3日後、全ての飛行禁止の中、アメリカにいたビン ラディン家(オサマビンラディンの親戚縁者)の人々は、アメリカ政 府の特別許可により、サウジアラビアにチャーター機で帰っていった ことを。
そしてブッシュ大統領は、9/11の特別調査委員会の設置を一時は 拒否し(真珠湾でもケネディ暗殺でもすぐに設置されたのに)、その 調査に対しては非協力的であったことを。
そしてあのブッシュのベトナム戦争時の兵役拒否疑惑の書類には もう一つ、ブッシュとサウジアラビアマネーの結びつきを示すキー パーソンの名前が書いてあったことを。
そして何より、あの911の日、パパブッシュは、ビンラディン一族の 人間と、ワシントンのホテルであの光景を見ていたことを。
これらはもちろん、マイケルムーアの解釈で切り取った事実である。 でもその一方で、マイケルムーアはこうも言っているように思える のである。
アメリカ国民の皆さん、これらの事実は、あなた方が今までにニュー スとして目にしてきて、そしていつの間にか忘れてしまった情報です。 もう一度思い出してください、彼らがこの4年間、何をしてきたのか、 ということを。
そしてマイケルムーアはもう一つの事実を観客の前に突きつける。 それはアメリカ国内のメディアでは決して報道されなかった、イラク 国内の映像である。
イラク国民が一体何に怒っているのか、自分の家を土足で踏み荒らし 破壊し、そしてかけがえのない家族を殺された人の絶望を、私たちは 目にする。
そしてその戦場で、戸惑うアメリカ兵士達。 彼らの多くは、失業率50%近い街でリクルートされた若者たち。 彼らの中の一人は肉声で語る。 「誰かを殺すたびに自分の中で何かが死んでいく」
それらは、彼らの肉声であるからこそ、説得力と迫力を持っている と私は思う。 そして彼らは果たして何のために自分の命を危険にさらし続けている のか。
これらはフィクションではない。マイケルムーアという個人の恣意が 多分に含まれた作品ではあるけれど、事実をねじ曲げているわけでは ない。 むしろ事実をねじまげ、人口2000人足らずの街にまで、テロ警戒警報 を流し続けることで、国民から安心を奪い続けて何かを隠そうとして いるのは一体誰なのか。
そして、それは決して対岸の火事ではない。 東京新聞8/23特報欄によれば、日本でも対テロ対策の名のもとに個人 を監視しようとする「共謀罪」の法案審議が始まろうとしているので ある。
そして、今も現実に起きている戦争について、私たちが何を知り 何を知らないのか、この映画をきっかけにして考えることは、 決して悪いことではないと思う。
でもこの映画の場合、ちょっとずるいな、と思うのは、この映画を 見たが最後、その意見に反対を唱えるのは難しくなってしまう事 だろう。 だって反対する場合は、あなたはバカでだまされている、と言われて しまっているようなものなんだから。
だから、アメリカのハリウッドのセレブたちが、この映画をこぞって 支持する理由もなんとなくわかるのである。ブリトニー・スピアーズ はなおさらだろう。
もしも、この映画に異論を唱える人というのは、そんなことはもう 知っていたよ、何を今更、なんて事をいう人たちだろうと思うけど、 それならその人たちは、イラクで自分の息子を亡くしてしまった人の 悲しみを、本当に実感できるのだろうか。
つまりこの映画を見た後、単なる傍観者でいることは難しくなって しまうと思うのである。 もしくは某国首相のように、耳をふさぎ目をふさぐしか他はない。
それともあくまで、私は富裕層で戦争に行かなきゃいけない理由も ないんだから、関係ないと言い続けていれば、問題は解決するのだ ろうか。
この映画はアイロニーに富んではいるけれど、決して手放しでは 笑えない内容を多く含んでいる。 でも、できれば目をそらさずに、一度はみた方がいいかもしれない。 そしてあなたはこの映画をみた時に、一体何を思うのだろうか。
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