という事で、「気持ちいいけどエロスのない」会話の続き。
私が何を思い出したかといえば、今年ジュンク堂で行なわれた、 古武術家、甲野善紀のトークイベントでの話。
なんで武術の話と男女の会話が関連するかは置いといて。 甲野善紀が言ったことを要約すると、「一定のリズムに乗った攻撃は かわしやすい。だから、相手に勝つためには、相手の裏をかく必要が ある」という話をしていたのだった。
これと同じ事を書いているのが、内田樹著「私の身体は頭がいい」 の 中の一節。
自分と相手が同じ身体運用文法に則って動くことを武道では「拍子が 合う」「拍子に乗る」あるいは「合気される」と言う。自分と相手の 動きやリズムが合ってしまうことである。
これは武道的にはネガティブな状況である。なぜなら、「拍子が合う」 ということは、自分の動きの方向や、速さや、強さが、相手に「予測 されている」ということだからである。予測された動きは、どれほど 物理的に強く、速くても、武道的には有効ではない。
で、これを無理矢理?今回の話にあてはめてみる。
そうすると、言葉のキャッチボールとしての会話というのは、相手と 「拍子のあった」会話だといえる。 で、拍子のあった会話の場合、相手がどんな話をしてくるか、とか 相手との会話との間というか、タイミングも予測しやすいという事に なる。
この事は、会話においては悪いことではない。
むしろ、お互いに会話の間が合わなかったり、また文脈の読み取り づらい相手との会話というのは、あまり気分のよいものではないし、 またひどく疲れることもある。 男女関係だってなかなか進展しないだろう。
でも、その一方で話し上手な男性より、口下手で寡黙な男性の方が モテたりもする。例えば、柳沢慎吾と高倉健だったら、自分でも 高倉健に行くかもしれないし。
だから女性にモテるかどうか、という一点においては、相手と「拍 子が合うかどうか」っていうのは、実は最重要課題にはならないの かも、と思った訳だ。
つまり、「拍子を合わせる」だけではなく、いかに「拍子から外れ」 て、相手の意表をついたところから攻撃?するか、という所にエロス が出てくるんじゃないのかな、と思うのである。
相手の意表をつく、という事は、相手や自分に隙をつくる、という事 だと思うし、エロスは隙のある所から生まれるような気がするし。
じゃあ、意外性をかく、というか相手の意表をつけば何でもいいのか といえばそういう訳でもないだろう。
以前書いたツッコミの話 同様、場合によっては相手を傷つけたり、 怒らせたり、マイナスの感情を植え付けてしまう場合もあるわけで。 その辺の加減の上手い人、というのが「モテる会話の達人」と言える のかもしれない。
でも男女の間に隙というか、色恋を生むためには、やっぱりいい意味 での意外性というか、サプライズがないとね、と思うわけだ。
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