パラダイムチェンジ

2003年11月13日(木) イラク派遣は何がいびつなのか

今回のネタは自衛隊のイラク派遣問題。
この問題、国会議員や、様々な人たちの話を聞いていても、今ひとつ
構図がよく見えない気がするのは何故なんだろうか。

イラク派遣をしたい政府側が何を意図しているのかは、見えてくる
気がする。
すなわち、国際貢献という名の下に、ここで自衛隊を派遣すれば、
日本も諸外国と同様の「普通の国」になることが出来るし、また
イラク統治に苦労しているアメリカに恩を売るまではいかなくても
いい顔をする事はできる。

'91年の湾岸戦争当時、自衛隊を出さずに金だけ出した日本が、出した
金額の割に、諸外国からちっとも尊敬されなかった事がよほど骨身に
染みているらしい。


その一方、イラク派遣に反対する人たちの立場は実はバラバラだった
りする。
自ら戦争体験をしている野中広務や、後藤田正晴の場合は、「日本人
が外国人に銃を向け、再び血を流させるなんてとんでもない」という
言い方をする。

それに対して民主党や、マスメディアが反対する理由は、自衛隊を
戦闘地域に派遣して、もしも死んだらどうするつもりか」という意見
である。
この二つの意見、似ているようで、実は大きく異なると思うのだ。


で、事態を更にややこしくしていると思うのは、反対意見に対する
政府の見解である。
すなわち、イラクの中でも、比較的危なくない非戦闘地域に自衛隊を
派遣をするんだから、彼らは安全である、という言い方。

おいおい、国連でさえ危険だから、という理由でイラク人以外の職員
を撤退させ、しかもアメリカ人のみならずイタリア兵まで攻撃されて
いる時期なのに、そんな言葉が成立すると思っているのかな。


とりあえず、何が何でも自衛隊はイラクに派遣しなくちゃいけない。
この言葉がドグマになってしまい、そのためには実際にはありも
しない、非戦闘の安全地域という願念をつくり、それで押し通そうと
いうこの態度。

「進め1億火の玉だ」と竹やりでB29を落とそうとしていた、60年前と
一体何が違うと言うんだろうか。

今回の議論の一番の危うさは、現実の分析をせずに、観念上の言葉で
押し通そうとする政府の見解だろう。
そんな状態で派遣される自衛隊こそ、一番の被害者かもしれない。
だって派遣したって、誰かに尊敬される訳ではなく、もしかしたら
命をかけているのに非難されるかもしれない訳だから。


この先、日本が取りうる選択肢は二つしかない。
イラク派遣をゴリ押しし、自衛隊かもしくは現地の人間の血が流さ
れるリスクと責任を負う事か、もしくはここで自衛隊の派遣をとり
やめて、少なくともアメリカの顰蹙を買う事である。

どっちを取るにしても勝ちはなく、損をするのは間違いない。
そして自衛隊の人間の命と、アメリカの顰蹙と、日本政府がどっちに
重きを置いているかは明らかだろう。

私たちは、日本は戦争を放棄してもう血は流しません、という立場で
いる事は難しくなってしまったんだと思うのだ。


でもね、本当はもっと違った解決法があったと思うんだよね。

つまり、安易に自衛隊の派遣なんて方法をとらずに、アメリカと
イラクの間に入って、仲介の立場をとる方法だってあったんじゃない
かな、と思うのだ。

だって、一応日本は戦争を放棄した国だと世界各国には認知されては
いる訳だから。
もしも、日本に素晴らしい外交能力なんてものがあったら、例えアメ
リカの不評を買う事はあっても、国際社会的には、評価される方法
だってあったはずだと思うのに。


オウム真理教の内側からのドキュメンタリー映画、「A」及び「A2」の
監督、森達也の著書 「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」
中にこんなくだりがある。

これは映画「A2」を上映するために中東のベイルートに行った森達也
に、日本に映画を学ぶために行った経験を持つ留学生が言った言葉。


「日本には本当に期待していました。なぜなら現代の先進諸国の中で
は、唯一の非キリスト教国家です。しかも太平洋戦争では原爆まで
落とされて悲劇的な敗戦をしたのに、その後の経済成長も突出して
います。平和憲法という理念にも感動しました。とにかくあらゆる
意味で、私たちアラブ諸国の手本になる国だと思っていました。その
日本に学び、日本の文化を吸収することが、自分の夢と絶対重なると
思っていました」

「……過去形だね?」

「過去形です。テロに対して報復を宣言したアメリカに対して、日本
は違うオプション呈示できる国だったはずです。私はそれを期待して
いました。でも結局日本は何も示せませんでした。アメリカが怒るの
はわかります。自国の国民が何千人も死んだし感情的になるのも無理
はないです。イギリスや他のヨーロッパ諸国の心情も、共感はできな
いけどある程度は理解できます。

でも、少なくとも日本は、もっと独自のスタンスを示せる国だと私は
思っていました。大袈裟ではなく、今の混迷する世界の舵を取れる
資質と体験がある国のはずと思っていました。でももう全てに失望し
ました。友人のシリア人も同じことを口にしていました。今回のテロ
とアメリカの空爆への流れの中で、皆が一番期待していた国は実は
日本です。そしていちばん失望させられた国も日本です」



一体、私たちはイラクに自衛隊を派遣することで、誰に尊敬された
かったのか。
日本の国民?中東に住み、戦火におびえる人たち?
それとも、ジョージ・ブッシュにいい顔をして見せる事?
そしてその結果、フランスやドイツや中国とはギクシャクして、
しかも中東の人たちを失望させる事?

そんな大儀も何もないままに、ただ自衛隊の人たちの血や、現地人の
血が流されてしまう事。そんな大儀なき派遣で日本が失っていくもの
は一体どれ位の大きさになるんだろうか。


 < 過去  INDEX  未来 >


harry [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加