ここ最近、トライアンドエラーとか、若さなんて事を日記に書いていた 訳だけど、今日コンビニで漫画雑誌「ヤングマガジン」17号をパラパラ と読んでいたら、なんか自分の言いたいことを言い当ててくれたような 文章が載っていて、ビックリしてしまった。 で、わざわざ引用したいがためだけに普段は買わないのに<オイ、思わず 買ってしまった訳である。
ビックリしたのは漫画「湾岸MIDNIGHT」の中の台詞。 現在発売中の漫画なので普段は興味ない人も、もしもちょっと惹かれ たら、手にとって見てほしい。 ということでちょっとだけ引用。ただし、もともとが漫画のフキダシ だから読みにくいかもしれない。
―ちょっと前サ 未来予想図って歌あったろ(略) ―つまり未来図ってコトだろ、自分達の未来の形 こうありたいとかそうでいたいとかそーゆうの 思い描くわけだろ。けっこう違うと思うのヨ。 そーゆー先への明確なイメージがあるのとナイ のとじゃ。(略)
―でしょうね。生き方(方向)が見えていれば大きく ブレないし。たとえブレても修正しやすいでしょうね ―チューニングも同じなのヨ。ちゃんと未来図を描けて いないチューニングはツライのよ。コレをすればああなる アレをすればそうなっていく。そーゆーのがわからナイと とりあえずやってみるってわけだから。
―結果が先に見えないのは理解力や想像力が足りないコトだろ。 つまり知識や経験をベースに考えられナイってコトだわナ。 もともと考えてもわからないのか、それともめんどうくさいから 考えないのか
―こうなるであろうと仮説を立てて結果、失敗するのと、とりあえず やってみて失敗したのは全然ちがう。 わかろうとする努力もせず、とりあえず、やる。それはトライ&エラー じゃない。ただの無駄だ。 未来図が描けない者ほど無駄が続く。そして無駄ほど人の気持ちを 削ぐものはナイ(略)
―いっけん意味のない行為と、本当に意味のない行為は全然ちがうよナ。 無駄な行為と無駄に見える行為もまたしかり― 同じに見えてもそれは全然ちがう。
うん、そうだよなあ。予測が先に立たなければ、どんなにトライしたって 元々の予想した値とどれだけ違っているか、なんて事はわからない訳で。 人は、エラーした経験が薄い場合、エラーすることすら恐れてしまう。 その事によって何がどうなるか、予測もつかないわけだから。
また、エラーするのは当たり前だと思っても、何かを始める前から、 その起こりうるかもしれない事態に備えているのって、実は結構大変な 事なので、ついつい億劫になってしまったりもするのかもしれない。
でもそれって、実際にやってみるとそんなに大変なことではなかったり もするかもしれない。 少なくとも、自分が進みたいと思う方向性を見失いさえしなければ、 そこで起きた失敗は、経験に置き換えることが可能になるし、次回の トライの方向性も、おのずと見えてきたりする。
それに対してエラーに何も学べない人って言うのは、元々予測している というか、視野が極端に狭かったりするから、自分の失敗の原因が何で あったのかわからなかったり、そこから何をどう組み立てればいいのか、 わからず途方に暮れてしまうのかもしれない。
で、これは例えば仕事や勉強に限ることではなく、例えば人間関係でも 同様のことは言えると思うのだ。 というより実は人間関係こそ、トライアンドエラーが必要なんだと私は 思う。
人間関係でトライアンドエラーを行うこと、それを別の言葉で言い換え れば、人間関係をアジャスト(適応)させるって言い方もできると思う。
それはある意味面倒くさく、一見無駄な行為のように見えるけど、 その関係が親子であれ、夫婦あるいは恋人であれ、そんな感じで 色々な局面で小さなトライアンドエラーやアジャストを繰り返している 関係が一番長続きしていくような気がする。
そしてそれこそがその関係性を強固にし、それぞれが居心地のいい関係を 作る上で、実は大切なことなんじゃないかなあ、なんて思うのである。
元々「湾岸MIDNIGHT」は好きな作品で、特に最近のシリーズ (おそらくは今度の26巻に収録予定)は、個人的にそうそう、なんて 思う話が多かったんだけど、こんな風に自分の考えとどこかリンクした ような話が出てくるとちょっとうれしかったり。
「湾岸MIDNIGHT」についての個人的な思い入れは、今後26巻が 刊行された時にでも書いてみたい。
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