2002年12月23日(月) |
言葉はどこまで伝わるか |
さて、今回は表現すると言うことの3回目。 自分の思いは言葉に載せて、果してどこまで伝わるんだろうか、 という問題。
個人的な感想で言えば、5割届けばいい方なんじゃないかな、と 思っている。 もちろん、プロのコピーライターの人達だったら、もっとその伝導率 は高くなくちゃいけないんだろうけど。
このインターネット時代。某2ちゃんなどの例を出すまでもなく、 自分の意見の押し売りのようなコミュニケーションが多くなっている。
いや、違うな。もともとそんなコミュニケーションが世の中をまかり 通っていたんだと思う。2ちゃんや各種掲示板などで、様々な人達の 意見を目にすることが多くなったから、余計目についているだけかも しれない。
例えば、友達との会話。話の盛り上がっている仲間の所にいきなり 入り込んでも、訳が分からず疎外感を感じたりするのは昔も今も 同じかもしれない。
2ちゃんを例に取れば、様々な特殊な言い回しや、あえて相手の 言葉の意味の揚げ足をとる、という共通のルールが生まれることで、 一種の連帯感というか、コミュニケーションの成り立つ土俵を 形づくっているのかもいれない。
だから、初めてその世界に踏みこんだ人には、訳が分からない 世界に見えてしまうものかも。 そして、その場の空気が読めない人は排斥されてしまったりする。 以上は個人的な当て推量でしかないのだが。
でもそんな時代だからこそ、もしも自分が伝えたい事がある場合 自分の表現を磨いていく必要があるんじゃないかな、という気が するのだ。
逆に言えば自分の思いを、言葉に出して理解してもらいたい、 という願望をかなえるためには、それが人から見て鑑賞にたえうる 表現になっていればなっているほど、自分の伝えたい内容が 伝わる可能性は高いわけで。
その中で、プロでない自分としては、少なくとも自分の書いている 内容の50%でも、これを読んでいる人に伝わればいいな、と思い 文章を刻んでいるわけだ。 もちろん、その割合が増えるに越したことはないわけだが。
さて、ではなんでそんな事を、ウェブサイトで自分の恥をさらすよう な真似をしてまで続けようとしているのか。
それは自分の大切な人、例えば将来の自分の子供とか、周りの人達に 自分の伝えたいことを、なるべくダイレクトな形で、伝えられるような 人間でいたいと思うから。
そして何より、自分の伝えたいと思う気持ちを、表現という形に 置きかえる過程で、自分が本当に伝えたいものがなんなのか、 見つめ直す事ができるからである。
伝わる事だけが重要なのではない。伝えようとする意志こそが実は もっと大切なのかもしれない。
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