| 2005年12月03日(土) |
051203_現実は重い |
今冬一の冷え込みです。うー寒い。
さて今日は ■現実の重さ の1本です。
【現実の重さ】 我が職場から、建築の職員が関東と近畿に派遣され、現地で建築確認を行っている民間検査機関の調査にはいるのだそうだ。
関東地方と近畿地方は特に国が認可した検査機関の数が多いために、現地に今いるだけの職員ではとても手が回らないという事態を受けての措置だそうだ。姉歯建築設計やヒューザーの問題は他人事ではなく、身近にも影響を及ぼしつつあるようだ。
幸い北海道では今回問題となった業者に関わる建物はないようだ。また国の認可による民間検査機関も北海道にはない。それは、認可を受けようとする民間機関は、業務をその市町村だけで行おうとすればその市町村の許可を受ければ良く、二つ以上の市町村にまたがって業務を行うつもりであれば県の許可、さらに二つ以上の都道府県にまたがって業務を行おうとすれば国の許可を受ける必要があるのだけれど、北海道の場合は道内では全て道が認可する機関となるし、北海道を含んだ二つ以上の都道府県で業務を行おうとする機関は国土交通本省が許可を行うので、北海道開発局は業者の許可に関しては権限を持っていないということなのだそうだ。
まあやっかいなことには縁がないという事もまた天恵かも知れないのだけれど。
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今回の事件は建築確認というに公的な証明に関して、普段から本当に構造を始めとする各種チェックポイントを正しくチェックしきれているのだろうか、という不安を世に与えたという点で影響は極めて大きい。
しかも、大規模建築の世界というものは、これだけ安心のための制度をつくり信用を高めようとする社会の努力にもかかわらず、いまだに法や制度の網をくぐり抜け、不適格なものを安く売って儲けようとする悪徳業者がのさばる可能性があるという情けない現実を世にさらしたのである。
多くの業者が真面目に良いものを作っているのだろうに、良い業者も悪い業者も十把一からげに「マンション業界は怖い」というのも極端な反応だし、「あんなのは本当に一部なんですよ、あれ以外は絶対に大丈夫ですから」というのもこれまた極端な反応なのだが、消費者にすればどうしたら自分だけはこういう目に遭わなくてすむのだろうか、と思うだろう。
多くは次も仕事に恵まれるように真面目に一生懸命働く善良なる業者のはずだが、それでも悪徳業者を根絶する事は不可能なのだという冷徹な現実感を持つ事が大事なのだということだろうか。
* * * * 今回の事件の社会性に鑑みて、一部には「国で何らかの保証をせよ」という声があって、感情的に「可哀想ではないか」「こんなひどい業者をのさばらせた社会が悪い」という意見は多い。
しかし社会に生きるという事は、そういう感情論を前面に押し出すのではなく、国なり行政がどこまで責任を取って関わるのかということうを冷静に現実的に考えなくては行けないのだろう。
極めてドライに言えば「民間対民間」の話でもあるし、民事の出来事に国や行政はどこまでも介入すべきではないし、詐欺にあった人への保証と言う形では行政は動く事が出来ないだろう。誰がどんなところから何を買おうと、普通は全て自己責任の範囲であるのが自由と民主主義の社会のはずだ。
国や行政が許可した機関がミスをした事が悪いというのならば、医師免許をもらっている医者が医療ミスをしたものも国が悪いという理屈になってしまう。許可を受けた先の責任をどこまで社会的コストをかけて保証するのか、ということに関して世間が感じる「程度問題」であり「常識」の判断範囲だし、今のやり方がそれを著しくはずれているとも言い難いのではないだろうか。
問題は、今回の業者がほぼ確信的に違法行為をしていたという点で、そういう意味では犯罪として裁かれなくてはならない分野なのだが、その被害者があまりに悲惨で多い、ということが問題なのだ。
賢い消費者が自らの身を守る手段としては、やはり知識を持ち、信用がおけるかどうかを見抜く目を持つべく賢くなるしかなく、それを手軽に手に入れるにはそれ相応の費用がかかるということなのかもしれない。
他山の石とすべき、というとあまりにも他人事になってしまう。地震災害と同様に寄付を募るということしかないのだろうか。その事に我々の社会はどれくらいの同情心を示すだろうか。心が痛むばかりである。
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夕方におやじの会の役員会で、来週十日の忘年会の打ち合わせ。
皆さんから「是非小松さんの蕎麦を食べたいね」とリクエストされたので、それではということで打つ事に。会場が地域の公民館なので、ちょっと火が不安なのと、今週は8〜9日が道外出張なので汁作りをどうしようかと思うのだけれど、まあなんとかなるでしょう。
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