| 2005年08月16日(火) |
050816大墓参りは子孫の務め |
今日は一日お墓参りです。といっても、随分離れたところにあるお墓を回るので長距離ドライブです。
今日は ■お墓参りの一日 の1本です。
【お墓参りの一日】 朝から実家で親を拾ってお墓参りに出発。お墓が遠いところにあるのでたどり着くだけで結構大変なのだ。
最初は岩見沢にある母方のお墓へ。新しいお墓が出来ていて、我々のご先祖さんがどこにあるかというのがわからなくなり、墓地の中をうろうろする。なんとも情けない姿だ。
やっとみつけたお墓でお参りをした。私の母方の曾爺さんは当時札幌以北随一といわれた建具屋さんだったということで、札幌の旧札幌農学校演舞場であった時計台の建具も手がけたのだとか。
三代遅れたけれど子孫は学舎を北大に求めたのだった。今では毎日の通学で時計台を眺めながらバスに揺られる毎日である。これも何かの縁なのだろうか。 曾爺さんは建具屋を経営していたものの、他人の商売の保証人になったことで莫大な借金を背負うことになり、自分の店そのものも失うという運命になったらしく、「商売はするな」というのが晩年の口癖だったとか。
どうこう論評する立場にはなくて、ただそういうことだったのだとか。我々は昔の日本の歴史は学ぶものの、ほんの少し前の歴史は近すぎて学ばなさすぎる様な気がする。
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岩見沢のお墓にお参りをしてから、高速道路を使って虻田町へ向かう。ここにもお寺の納骨堂の中に仏壇があって毎年ここをお参りするのがわが家のルールなのである。
ここの寺の若坊さんがときどき実家に来てお念仏をあげてくれるのだが、そのお経が下手だとか、無意味に早口だとか言うのが我らの不満である。
一応門徒(浄土真宗)である我々も、正信謁(しょうしんげ)というお経くらいは分かっているので、しっかりとお経を上げているかどうか位は分かるつもり。
そんなこととはつゆ知らず、若坊さんは、どうして一片の経を読むのに、そんなに楽をしなくてはならないのかと思うくらい不真面目そうにお勤めを果たしてくれる。
仏教が堕落した道理をみせつけられて、正直言ってこれでは檀家の共感も得づらいだろうなと思う。
人間どこで誰からどういう視点で見られているかなどは分からないものである。せいぜい一瞬一瞬を精一杯生きることなんだろうな。
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昼食で入ったドライブインで、昼前の宮城県沖地震の状況を知ったが、幸いそれほど大きな被害が出ずに住んでいるようでほっとした。
帰りは真狩村で羊蹄山のわき水をポリタンクにためて実家まで運搬する。
天気は快晴の一日。これでキャンプ初日からの五日間で1200kmを走ったことになる。
事故がなかったことに感謝するばかりである。
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