掛川奮闘記

2005年03月20日(日) 050320_三倉で蕎麦を打つ

 もう日がないというのに、「最後だから来て下さいよ」と言われるとついふらふらと誘いに乗ってしまう今日この頃。

 さて今日は、
■森町の三倉で蕎麦を打つ の1本です。

【森町の三倉で蕎麦を打つ】
 森町に住む田辺さんという地域興しの有名人から、「小松さん、うちで蕎麦打ちの定例会があるけど、送別会を兼ねて来ませんか?」というお誘いがあった。

 この田辺さんは、地域興しのアイディア満載の方で、あるときは貧乏神神社の宮司だし、あるときはチンドン屋になり、ある時は蕎麦打ちの師匠、そしてあるときはフグ料理の達人と、なんでもできるスーパーマンである。

 もちろん笑いのセンスも抜群で、主催する「夢街道匠塾」のホームページの巻頭言は、「目指せ!神幸(じんこう)密度世界一!!!」である。

 蕎麦打ちだって、浜松のSBS学園というカルチャースクールの講師をしているくらいで、自宅近くの「よってけや」という蕎麦屋さんには自分の打った蕎麦を提供しているくらいなのである。

 この田辺さん、自宅にプレハブの離れを作って、そこでフグ料理や蕎麦打ちができるようにしてあるのだが、そこに月に一度、SBS学園では物足りないという人達が集まって、蕎麦打ちをして食べて楽しむのだそうだ。

 「蕎麦研の会員の方も、ご一緒に来ませんか?」というのだから、行けば、わが蕎麦研の会員と向こうのお弟子さん達との技の比べっこになりそうだ。

 私は兼ねてから、「ある程度蕎麦が打てるようになったら、積極的に他流試合に出るようにしなくては行けない」と言ってあるので、絶好の機会だと思って、若手を二人誘った。

 蕎麦打ち用の部屋は約10畳ほどだが、のし台を四台置くとさすがに狭い。

 先方のお弟子さん達は10人ほど来て、それぞれに打ち比べたが、まあ我が弟子達もそれほど打ち負けてはいませんでしたよ。

 蕎麦打ちの後は、本宅の二階で蕎麦味噌でお酒を味わって、やがて蕎麦を食べ合いました。

 弟子の人達の中には、浜松の自衛隊員の人達もいて、我が弟子達と知り合いになり、航空隊のイベントに協力して下さい、という要請を受けていました。

 こういうつながりが人間を大きくするのです。趣味の同じ人達との付き合いは人間の幅を確実に広げます。

 さて、弟子諸君、私がいなくなっても頑張ってくれたまえよ。 



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こままさ