掛川奮闘記

2005年03月15日(火) 050315_最後の議会〜助役退任挨拶

 いよいよ議会の最終日。今日の本会議の中で記録に残る議事録として発言が許される最後の瞬間です。

 これが私の掛川で最後の公式の発言になるのでしょうか。

 さて今日は、
■掛川市最後の市議会本会議
■助役退任挨拶
■市政懇談会 の3本です。

【掛川市最後の市議会本会議】
 掛川市の最後の本会議が行われた。

 各議案について、審議を付託された常任委員会委員長の報告を受けるもので、経済建設、文教厚生、総務の三委員会委員長が演台へ登壇して報告をする。

 委員長報告を受けた後は、委員長報告への質疑を受け付けて、討論があれば討論を行って採決を行う。

 今日の中では水谷議員から一部議案について反対の意見が述べられたが、賛成多数で上程された前議案について可決成立いたしました。議員の皆さん、ありがとうございました。

 議事終了後に、市長、議長、退任議員代表者挨拶が行われました。これらのなかでは、私を含め今年度末で退職する職員に対するねぎらいの言葉もいただき、ありがたいことでした。

 
【助役退任挨拶】
 そうしていよいよ助役退任挨拶の順番である。

 例年であれば、国交省からの助役が帰任するという挨拶という特殊な場面なのだが、今年ばかりは私に加えて、収入役、教育長、代表監査委員も退任するということで、挨拶の人数が多くなり、時間が大きくお昼に食い込んでしまった。

 申し訳なく思いながらも、最後の公式発言なので一生懸命挨拶をいたしました。以下はその全文です。長いけれどお許しください。

*******【小松正明 助役退任挨拶】*******

 本日ここに、伝統ある掛川市最後の議会において退任のご挨拶のお許しを頂き、山本議長様はじめ、市議会議員各位のご配慮に心から感謝を申し上げます。

 ご案内の通り、来る4月1日の掛川市、大東町、大須賀町の合併に伴い、この3月31日をもって掛川市助役を退任し、国土交通省に帰任する運びとなりました。

 振り返りますと、平成14年4月1日からの3年間の助役在任中は掛川にとっても激動の三年間でありました。

 個人的には初めての任地で助役という、身に余る立場を与えて頂いたうえで始まった地方自治行政という未知の領域でありました。しかし榛村市長を始め多くの皆様のお支えの中でなんとか任期を終えることができることとなりました。

 掛川市の三年間としてみると、今般大東町、大須賀町と共に市町村合併が達成されようとしており、新市への期待ははなはだ大なるものがあるでしょう。新市のますますの発展をお祈りせずにはいられません。

 さて、私に与えられた特命事項としては、スローライフとITの推進がありました。

 スローライフは生涯学習の一つの帰結として市民の中に定着し、NPO法人の誕生という活動に結びつきました。

 またITは、全国の中でも指折りのIT先進自治体として評価されるまでになりましたが、ITで市民がどれだけ幸せになったのか、という視点を忘れずにさらに取り組む必要のある分野でありましょう。

 満水の環境資源ギャラリーも任期中に火入れ式に立ち会える運びとなりました。

 市の環境行政を語る上でエポックとなる事業だと思います。

 そのほかにも、専門分野である大池の体育館さんりーなの完成や、22世紀の丘公園計画をはじめ、まちなか再生、道の駅、PFI,農業、環境、福祉行政、そして都市再生モデル調査や国土施策創発調査など、語り尽くせないほど多くの事業にたずさわらせていただくことができ、さらにはこの期間中にワールドカップ、国体、市制施行50周年記念など、歴史的瞬間に立ち会うこともできました。

 この経験と、掛川市助役という職歴は、私の中にあって燦然と輝く歴史になると思います。本当にありがとうございました。

 その上で、改めて、市議会議員の皆様に心から感謝申し上げます。先ほどは山本議長様より身に余るねぎらいの言葉をいただき、恐縮の限りです。

 議員お一人お一人と語り明かした市政問題の熱い思いに感銘を受けると共に、地方自治体における議会というものを肌で感じることができました。

 議員野球では貢献できなかったものの、議会運営はもとより、個人的にも気を遣って頂いたことが多く、皆様とのご縁を通じて多くの人たちとのふれあいも生まれ、様々に教えて頂くことも多くありました。

 皆様には心から感謝申し上げると共に、新市におかれましても、ますますご活躍されますようお祈り申し上げます。

 続いて、榛村純一市長に感謝を申し上げます。先ほどはねぎらいのお言葉を賜り恐縮に存じます。

 榛村市長とは3年前に初めてお会いして以来、その卓越した行政手腕、次々に溢れ出る新しいアイディアとその実現力、中央官界はもとより各界における人脈の豊かさなどに驚かされる毎日でした。

 市長を補佐する助役という立場にありながら、逆に市長に補佐して頂いた事も多く、まことに汗顔の至りです。

 特に私には、「生涯学習によるまちづくり」とは何か、ということを生涯学習発祥の地で勉強をすることが出来、その創始者である榛村市長との対話は誠に価値ある時間でした。

 深夜に助役室で繰り広げられた対話を私は「夜中の榛村ゼミ」と勝手に読んでいましたが、この積み重ねを通じて、生涯学習の神髄に触れた思いがいたしました。

 また徹底した現場主義と小さな事をおろそかにしない姿勢に、郷土愛と責任感の大きさを痛感いたしました。

 市長から受けた薫陶を胸に、これからも私自身の活動に活かして参りたいと存じます。

 市長におかれましては、これまでの業績を踏まえ日本中を相手にできますよう、ご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

 また、鈴木収入役、木曽教育長をはじめとする職員一同に感謝を述べたいと思います。

 職務・職責上のこととは言え、不慣れな私を支えて頂き、多くの困難な行政課題に応えるために、ある時は深夜に及び、ある時は休日返上で、またある時は災害の悪天候の中にあって笑みを絶やさずに市民のために尽くす姿に感銘を受けました。

 このたび退職をされる皆さんを含め、職員諸君におかれましては、これ以上は力の及ばない私の意もくみ取って頂き、新市に置いても市民のために引き続きご活躍して頂くよう、ご期待を込めてお礼の言葉を送りたいと思います。ありがとうございました。

 そして八万人有余の掛川市民の皆様に、深甚なる感謝の思いをお伝えしたいと思います。

 市民の皆様には、右も左も分からない新米助役としての私をこの三年間、温かく迎えてくださり、多くの地域イベントにお誘いをいただき、皆様とのふれあいの中から、姿勢への期待とご批判と、そして多くの建設的なご意見をいただくことが出来、喜びと苦労を分かち合うことができました。

 皆様からいただいたご恩にどれだけ報いられたものか、自信はなく力不足を感じることも多くありましたが、行政に信頼を寄せてくださり、お祭りを中心とした地域のネットワークを大切にし、一人ひとりが一生懸命に生きるその姿を間近に見て、国政と国民との距離、県政と県民との距離、そして市政と市民との近さというものを感じた三年間でした。

 事任八幡神社への参拝で始まった私の掛川での生活は終わりますが、皆様のご多幸を心からお祈り申し上げます。

 そして最後に、合併後の新市の経営の中で、一人ひとりの心の中に情熱の炎を灯し続ける多くの市民が、多くの課題を自らのこととし、力強く自らの運命を切り開き、幸せを分かちあうことができるような、そんな新しい掛川市になりますように、心からの期待と願いを申し上げて、お礼と退任のご挨拶とさせて頂きます。

 三年間本当に、ありがとうございました。

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 以上が私の掛川で記録に残る最後の発言です。掛川の皆さんには本当にお世話になりました。

【市政懇談会】
 夜は、当局の部課長と市議会議員の皆さんとの懇親会。いろいろな苦労を分かちあった皆さんと一堂に会する最後の会合であります。

 退職する職員も、今回で引退をする議員の皆さんには、これからも健康に留意されてご活躍ください。

 また来る選挙に挑戦する市長、そして議員の皆さんは再びこの議場に戻られて、引き続き市政のなかでのご活躍をお祈りします。

 お疲れ様でした。

    ※    ※    ※    ※

 そんな会合を終えてから、ふらふらとスローライフNPOへ向かうと、またなぜか悪い友達のKちゃんがいて、「お風呂へ行きましょうよ」と誘われた。

 そういえばここのところ毎日午前様で、まともに湯船につかる生活がなかったなあ、と思いだして、つま恋まで温泉につかりに行ってきました。

 でも結局その後またずるずるに飲んで、帰ったときは夜中の1時15分。それからの奮闘記はつらいなあ(^-^;)


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こままさ