掛川奮闘記

2005年03月12日(土) 050312_明ヶ島〜大東〜本当に最後の校正

 本当に飲み会が続いています。体は大事にいたしましょう。

 完成するのは25日ぎりぎりだそうです。25日の夜には、国交省からの助役(私のこと)の追い出しパーティがあるので、そこには何とか間に合わせたいものです。
 
 さて今日は、
■明ヶ島より
■大東町での宴会
■本当に最後の校正 の3本です。

【明ヶ島より】
 明ヶ島の別荘で一泊して、朝は鈴木さん特性のお粥に舌鼓。

 お米を約1時間ほど、土鍋で水を足しながらぐらぐらに煮るのだが、そのときに包丁を入れた生姜をコロンと一個入れ、またごま油をちょいと入れるのがよいのだそうだ。

 一時間煮る間には、水が少なくなれば足し増しをしないといけないので、片時も鍋の前を離れては行けないのだそうだ。

 なかなか大変な料理である。

 トッピングには岩のりや梅干し、漬け物などが用意されていて、これでお粥を何杯もお代わりするのである。

 美味しいお粥をいただいて、別荘に別れを告げる。

 いつかまた来るときにもこうして優しく迎えて下さい。ありがとうございました。


【大東町での宴会】
 山奥の別荘から下界に降りてくると、今度はまた蕎麦つゆを携えて、今度は大東町へと向かう。

 蕎麦打ちやらホタルなどを通じて知り合った大東町の知人達から、「送別会をやらせろ!」として宴会に誘われたのである。

 おまけに「蕎麦も打ってね」ということなので、そのつもりで山奥から道具をそのまま降ろしてきたものの、会場となるAさんのお宅にものし板などはあるので、それを使っての蕎麦打ちとなった。

 宴会には大須賀町や、浜松市からも知人が駆けつけてきてくれた。

 なんとも知り合いの範囲も広がったものである。

 蕎麦打ちで知り合った相沢さんも駆けつけてきてくれていて、懐かしい話に花が咲く。

 「助役さん、蕎麦つゆの作り方を最後にもう一度だけ教えて下さい」というので、私のスペシャルレシピを書き残しておきました。

 どうかこれで、美味しい蕎麦を多くの人達に食べさせてあげて下さい。

 ここもまた最後かも知れないね。 ありがとうございました。


【本当に最後の校正】
 本の作業で、佐藤さんから「最後の最後にもう一度だけ見ているのですが、気になるところが…」という連絡。

 「とにかく行くから」ということで、真っ昼間から飲んだ後で、知人にまちなかまで送ってもらう。

 「どこですか?」と訊いて、「あ、本当だ」とさらに新たな修正点に気づく。

 だめだなあ、見れば見るほど修正がしたくなってしまいますね。

 そんな風に作業をしていると、そこへ、出版社でまさに私の本の版下を作ってくれているS君が到着!めずらしい偶然です。

 「御免、まだ修正がたくさん出たわ!」と冗談を言うと、一瞬マジで「ひー(--;)、勘弁して下さいよ」と泣きが入る。

 「ウソ、ウソ。あとほんのちょっと」
 「うー、助かったぁ(^-^;)」

 そんな会話で、最後のブラッシュアップに力を入れる。

 今回の本の装丁は、各ページごとにスローライフのテーマ模様である「ト音記号」があって、文字を単純に修正すればよいだけではないつくりになっているのである。

 実はあってもなくても良いような隠れた手間なのだが、こういうものを惜しまないところに、「少しでも良いものにしよう」という制作側の意地が見え隠れしているのである。

 写真の一枚一枚、各ページの姿、イラスト、カバーデザイン…、どれをとっても、周囲の皆さん達の協力の固まりとその賜物である。

 これを読んで少しでも多くの人達が、この掛川の3年間を私と一緒に追体験して下さると良いのだが。

 本日予約を2冊いただきました。ありがとうございます。 


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こままさ