掛川奮闘記

2005年02月23日(水) 050223_床屋さんでお茶をもらう

 年度末に向けて、会議や打ち合わせが目白押しです。

 講演の依頼も増えてるなあ。せいぜい本の宣伝でもしますか。

 さて今日は、
■床屋さんへ行く
■あたらしい再開発の構想 の3本です。 

【床屋さんへ行く】
 掛川へ来て最初に行ったのが、十九首商店街にある理容店のH。

 ここは旧東海道の道に面した昔ながらの理容店で、とてもスローな感じの店なのだ。

 「今週末から花粉が飛ぶというので、昨日お医者さんへ行って薬をもらってきましたよ」と言うと、隣にいたお爺さんが
 「そういや、わしもくしゃみがひどいんじゃ」と言う。

 「助役さんはいつまで掛川ですか?市長選挙もあるでしょ、それまでは…?」
 「僕は、3月末でおしまいですよ。合併で市長と一緒にクビですから」

 「そうですか、そりゃ寂しくなるねえ。もうちーっとばかりいてほしかったっきやあ」
 「僕もいたいケーが、そうもいかんもんで」

 もうすっかり遠州弁である。最近は意識して遠州弁を使わないようにしようと思っているのに、いつの間にかイントネーションなどが遠州弁らしい。

 遠州弁が意識していないところまで潜り込んでしまったようだ。まずいなあ。

 髪を刈ってもらいながら、眠りこんでしまう。

 「鼻炎の薬を飲んでるので、眠くなっちゃって」と言うと、
 「私もですよ。私のは『なるい』くすりだけーが、それでも眠くなるでねえ」

 「なるい」というのは、「あまい」とか「弱い」といったニュアンスの単語である。

 髪を切ってもらって、 「おじさん、もしかしたらこれがここへ来れる最後かもしれんよ。あんまり髪を短く刈っちゃったもんで…(^-^;)」
 「やー、そうかねえ」

 すると奥さんが来て、「助役さん、これ持って行って」と紙包みを渡される。
 「これなに?」

 「うちの在所がお茶を作ってるんですよ。飲んで下さい」
 
 「在所はどこ?」
 「金谷です」
 「あ、そう。じゃ、美味しいね。いただきます」

 「今度また26日に講演に来てくれるって…」
 「そうでしたね。来ますよ」

 「楽しみにしてますから。そうそう、天浜線のUさんも楽しみにしてた」
 「あ、そうだ。Uさんはここだっけねえ。じゃ、また。ありがとねー」

 床屋さんへ行ってお茶をもらうとは…(^-^;)。でもこれがいわゆる昔のまちなかの商売だったのではないだろうか。

 ただ商品をお金と交換してすますだけの場所ではなく、心がふれあえて商品に暖かい幸せがおまけとしてついてくるようなところが、いきつけのお店だったではなかろうか。

 こういうつながりと関係性を消して、たった何十円か安いだけの遠いお店で商品を買うことの愚を地域が知るべきだ。

 掛川の「歩行文化」には、「歩いていける範囲にまちの一セットが揃っている」というあり方も含んでいるのかも知れない。

 そうすれば、車がなければ買い物や床屋さんにも行けないようなところというのは、やはり「まち」としての完結性を欠いているのだろう。

 「歩く範囲」というのが無理ならば、せめて「自転車の範囲」ではなかろうか。そういう現実的な距離感という野生を取り戻した方が良いと思うよ。

    ※    ※    ※    ※

 ここいらでは一日一日が過ぎて行くことを、「日を食う」という言い方があるそうだ。もう食える日も少なくなってきたなあ。


【あたらしい再開発の構想】
 昨年9月に断念をした駅前の再開発ビルに変わる、地区の活性化構想を立てるために、この度T社と契約をした。

 ここでの社長で今回対応してくれるのがOさんとKさんの二人である。

 今までのような、高層でコンクリートのがちがちの再開発ではなく、もっと地主の意向も大事にしたような柔らかな構想で挑もうとしてくれている。

 今回は、建物ありきではなくて、先に「まちなかに欲しい機能」を優先して考えて、その機能をどうやって提供できるのか、というアプローチが有功だろう。

 その際には一年半前に行ったアンケートなどもあるので、駐車場や公衆トイレ、子育て支援センター、ミニFM局などといった機能の要望があったのが大いに参考になる。

 また、前回の再開発ビル構想は、準備組合の全員合意という形を前提としたプランで進めたが、最後にそれでは不安だ、という方が出て合意に至らなかった、という経緯がある。

 だから、同じ駅前の東街区でも、市の土地を最大限に有効活用して、なんらかの建築物を建てようとは思うのだけれど、その際には、地主の全員同意によることもないだろうと考えつつある。

 土地を提供したい・してもよい、という人は市の土地と一体となった土地利用を図ればよいし、提供したくはないが市の構想と一体でやりたいと言う方は、建物同士を連結することだってあるだろう。

 私は全く縁を切ります、と言う方は、そこには市の構想は関与しない事にすればよい。

 こうして周辺の土地の地主さんの意向をまず把握した上で、協力体制を見極めつつ、どのような建築構想が良いのか、ということを掘り下げてみたいと思うのである。

 私の声などは、だんだん遺言めいて行くが、まちなかに興味を持つ若手集団もいることなので、そういう人たちの声も聞いてくれるようにお願いをして、3月の上旬を目途にそう言う機会を持とう、ということにした。

 良いアイディアと、行動力のある優秀な人たちがたくさん集うて来なくては、まちなかの未来はない。

 声の掛かった人たちはアイディアを貸して下さい。よろしくお願いします。 

    ※    ※    ※    ※

 娘の高校受験で、最初に受けた高校の合格通知が来たそうです。まずは良かったね。



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こままさ