掛川奮闘記

2005年01月29日(土) 050129_テーマの豊かなまちづくりの定義

 夕べはひかりのオブジェの閉会式の流れで、最後は夜2時まで飲んで歌ってました。皆さん、お疲れ様でした。

 さて今日は、
■創発調査の打ち合わせ の1本です。

【創発調査の打ち合わせ】
 朝7時44分の新幹線で東京へ向かうはずが、切符をもたもた買っていたら、10秒遅くて乗り遅れ。

 なんと新幹線の時間は7時43分だったのだ!うーん…r(u_u,)

 気を取り直して次の新幹線で東京へ向かい、なんとか予定時間より10分遅れで打合せ開始。

 最近のこういう打ち合わせは、大抵パワーポイントという電子紙芝居を作って、その流れで全体の構成やら文言を調整して行くのが流行っている。

 できた資料がそのままプレゼンテーションとして使えるものでなくてはならないし、プレゼンを行うようことを前提にすれば、頭が整理されやすいのである。

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 今日の打ち合わせのポイントは、「テーマの豊かなまちづくり」とはなにか、という根元的な問いへのディスカッション。

 関係の資本というキーワードはそれで良いと思うが、単にコミュニティが良好だとか、PTAがしっかりしているというようなことではなくて、いわゆる「広義の社会資本と自立した個人が結びつくという接点がテーマということ」で、「テーマが豊かであること」は、その接点をより多く持つということである、という定義に落ち着いた。

 これはまさに私自身の持論であり、これを行ってきたのが掛川の生涯学習まちづくりである、というのが私の結論である。

 ではそれを豊かにする手段としてどういう事が考えられるか、ということでは、首長あるいはリーダーの意志と能力が必要なのだと思う。

 世の中に「生涯学習の町」は多いが、大抵は生涯学習まちづくりへの意志が「人と社会を結ぶこと」であるとは理解していない。

 そのうえで、「人と社会を結ぶ」社会システムを構築したり、飽くなき不屈の精神で説得を続けるという能力が備わっていないということなのだ。

 榛村市長のやり方が唯一絶対の方法と言うことではないだろうが、少なくともこの意志と能力を体現していると言えるだろう。

 問題はこの暗黙知を公開知に替えられるのだろうか、マニュアル化やモデル化などができるのか、ということだが、そのためには、意志と能力を分離させる手段だってあり得るのだ。

 その一つがシティマネージャー制度で、意志を持つ首長と、能力を金で買うというアメリカらしい手法だって現行の地方自治制度の中でやれないことはない。

 まあいろいろな可能性があり得ると思うが、新しい地方の時代に役立つような調査になりそうですよ。

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 折角東京へ出てきたのに、打ち合わせ後は酒も飲まずに新幹線へ。私は原稿がありますからねえ。
 
 必要な原稿はあと13本です。うーん。


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こままさ