| 2005年01月05日(水) |
050105_遠泳の心得 |
昨日とはうってかわって寒気が押し寄せて、掛川も冬らしい寒さです。
故郷北海道では40センチの大雪だそうで、私がいれば家の雪かきをしてあげられたのに、と残念な思いで一杯です(^.^)。
さて今日は、
■遠泳の心得 ■高校のランク の2本です。
【遠泳の心得】 部課長会議の最後に市長から助役、収入役、教育長から年頭の豊富を述べるように言われたのだが、私の話よりも教育長さんからの「遠泳の心得」というお話が面白かったのでご紹介をしたい。
教育長さんは新任地が伊豆だったので、夏の恒例行事として遠泳があったのだそうだ。
そこではまず遠泳の心得をたたき込まれるのだが、遠泳では浜辺の波打ち際まであと2メートルというところで溺れることが非常に多いのだという。あと20メートルではなく、あと2メートルである。
それは、長い距離を泳いできて後もう少しで浜辺にたどり着くという段になって、疲れているのと楽をしたいことが重なって、それまでの体を横にした泳ぐ姿勢から体を立てて足を底につけようとする姿勢になりがちなのだという。
ところが浜辺までの距離がまだ足りずに、足が海の底につかないということになると、疲れているために立ち姿からもう一度体を横にして泳ぐ姿勢にするだけの体力が残っていなくて、それで溺れてしまうのだという。
そこで遠泳の心得とは、「腹が砂につくまで浜辺に泳ぎ着け」ということなのだそうだ。腹に砂がつくようなところまで来ればもう立ち上がることが出来るというわけだ。
そうしてこの遠泳の心得から得られる教訓として、合併に向けた作業は最後まで気を抜いては行けない、ということであり、「もう大丈夫かな」と思ったときに落とし穴があるというわけである。
※ ※ ※ ※ 市長もこの話を聞いて、「さすがに教育長は面白いたとえ話を知っているねえ」と感心すること仕切。
遠泳の心得とは面白いお話しである。
【高校のランク】 部長以上の会議で、新市に当たっての課題をいろいろとブレーンストーミングするうちに、話題は市内の高校のランキングになった。
市内には掛川で一番の進学校である掛川西高校があれば、元女子高校で今では男女共学となった掛川東高、そして掛川工業高校という三つの高校があるのだが、4月からの合併ではこれらにさらに加えて横須賀高校が加わり、普通科だけで三つの高校が存在することになる。
市長はこのことについて、高校自体に特殊性を持たせることなどで、偏差値輪切りの高校のランク付けという意味をなくすべきだ、と言う考えを持っている。
そうでなければ、一番の進学校である掛西に入れなかった子が次に、さらにそこにも入れずにさらに次の高校という序列につながり、高校進学時に既に諦めた境地になってしまうというのである。
市長は冗談めかして、「『掛川の中には掛西にあらずば人にあらず』と思っている人がいるからねえ」と笑うが、確かにそう言う面もあるのかも知れない。
市長からの秘話として、かつて市役所の採用試験の時に、掛西出身で東京の大学を出た子と、掛西ではない近くの高校を出てやはり東京の大学へ行った子が最終面接に残ったのだそうだ。
ところが成績はほぼ同じくらいであったので、回りの面接担当官たちからは「これなれば掛西出身者を採用するのがよいのでは」と言ったという。
ところが市長はその時に、「市内一番の高校に入れて、そこから進学した子と、掛西ではない高校に進んでいなくてそこから大学へ進んで、この採用試験が同じような成績だとすれば、掛西ではない子の方が高校へ進学してから頑張ったと言える」と言って、掛西ではない子を採用することにしたのだという。
そのときに市長からその掛西ではない子に「そう言う趣旨で君を採用するから」と伝えたときに、その子の目から大粒の涙が頬をつたって流れたんだ、ということがあったのだそうだ。
掛川の子が掛西へ通うのなら楽だ。しかし市内からこの他の高校へ通うのは大変に苦労の多いことだ。
そういう意味もあったのではないかと思うが、高校入学時ではなく卒業してからの頑張りを評価するという姿勢は大事なことのように思われる。
日本の学歴とはその学校に入ることが出来た人のことで、在学中に頑張った人のことではない。
高校をランク分けせずに、特徴を持たせて自分の高校に誇りを持たせるべきだと言う考えは、「向都離村から選択定住を目指す生涯学習まちづくり」を進めてきた市長のある種の原体験にも重なっているのかも知れない。
頑張りが報われる社会とでも言うべきか。
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