| 2005年01月03日(月) |
050103_掛川への道すがら |
今日の札幌は昨日までとはうってかわって暖気が入り込み、道路は雪が融けてべちゃべちゃで千歳空港では雨が降っていました。
昔は正月に雨が降るほど暖かくなるなどというようなことはなかったと思いますが、これも温暖化なのでしょうかね。
さて今日は、 ■掛川へ向かう風景 の1本です。
【掛川へ向かう風景】 いよいよ短かったお正月も終わり、掛川へと出発する日。
上の娘も明日には大学の授業のために旭川へ戻ると言うことなので、今日明日で我が家はまた妻と下の娘の二人の生活に戻るわけだ。
一つ屋根の下に我が家族が全員いても、だからといって何かを一緒にするわけではない。
何かを一緒にするわけではないが、食事やお笑いテレビを見て笑っているだけでもなんとなく安心感があって、これが家族の本当の姿なんだろうな、と思う。
離れていると余計にそう言うことを感じるものなのかも知れない。
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最寄り駅から電車に乗って空港へ向かう。
札幌駅では3分ほどの停車時間があった。北海道の電車は扉が二重になっていて、電車と外とを隔てる扉は普通だが、乗り込んだタラップと座席の並んだ電車の真ん中を隔てるもう一枚の扉がある。
家で言えば風除室のようなもので、外に室内の暖気が逃げないように塞いでいるものなのだ。
ところが、札幌駅で乗客が乗降した際に、外の扉は乗り降り用に開け放されているが、座席室と風除部分を隔たる扉も開け放したまま、ややしばらく放置される状態が続いた。
おそらく乗客の中には「扉が開いているので寒いなあ」と思っている人も多かろうに、誰もその扉を閉めようとはしない。
私はと言えば、窓側に座ってしまったので通路側に座っている人がいて、乗り越えるのもいかがなものかと思ってはいたが、誰も締めようとしないのでついに、隣の乗客の若い男性に「すみません、あの扉を閉めていただけませんかねえ」とお願いをした。
すると男性はすっと立ち上がって扉を閉めてくれて、「この扉は自動じゃないんですね(^-^;)」と笑った。
ただそれだけのことなのだが、これだけのコミュニケーションを取ろうとすることも、都会では案外無くなってしまって、何か言って面倒なことになるくらいなら少々寒くても自分だけは我慢してしまおう、というのが都会的な考えのようにも思われる。
私自身も、自分だけのことならば我慢しても良かったのだが、周りの人のことを考えると誰かが締めた方が良いに決まっている。
また、こういう場で何かに気づいた人は勇気をふるって、周囲とのコミュニケーションを結ぶべきである、という持論を持っているので実践をしてみたというわけだ。
何事も一度やってみると勇気がわくものだが、その最初ができずにもじもじしている人も多いと思う。
ある意味の蛮勇かも知れないが、こうしてみると中年女性の、誰にでも話しかけるお気楽さこそがこれからの日本を救うのかも知れないと思ったりもするのである。
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多分、こういう行動をするのには頭の中でシミュレーションをして練習するのも良かろう。
電車の中で席を譲ったりするのも、心の準備が出来ていないと一瞬の譲るべきタイミングを逃したりするものなのだ。
こういうときのために私は、電車で席が空いていれば座るようにしていて、それは自分以外に座るべき人が来たら譲るために座るのであって、そういう思いでいればお年寄りや妊婦さんが来ても「ほい来た」という気持ちで譲ることが簡単になる。
バスに乗っていても、ときどき「今このバスがハイジャックされたらどういう行動を取るべきか」と頭の中でシミュレーションをしては、ドキドキしたりしているのだが、いざというときに行動できる人間になるためには、普段からのシミュレーションが有功である。
普段から考えていなければ、いざというときになかなか行動できるものではない。
避難訓練も地震の備えも馬鹿にせず真剣にやらなくてはいけないのだ。
人に声を掛けることを簡単にしないのが都会だとしたら、わが町だけは都会にならなくても良い。
人と人とのつながりを大事にしたいものである。
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飛行機はほぼ満員だったが、下りの新幹線は比較的空いていてらくちん。
塩野七生さんの「ローマ人の手紙」が単行本になったので道中、読みながら来たけれど、まあなんと面白いことか。
人間の歴史を学ぶには、素晴らしい本だ。旅もこういう本と一緒なら楽しいわね。
明日は仕事始め。今年も一年頑張りましょう。
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