掛川奮闘記

2004年12月26日(日) 041226_小國神社をお訪ねする

 家をなんとなく大掃除ならぬ、小掃除。お家に申し訳ないなあ。

 そうそう、レゾン・デートルの「川は覚えている」リクエストして下さい。

 さて今日は、
■小國神社をお訪ねする の2本です。

【小國神社をお訪ねする】
 森町のいろいろな方から、「助役さん、あなたも神様がお好きなら、是非とも小國神社の宮司の打田さんにお会いしたらよいですよ」と言われ、その気になってお約束を取り付けて、小國神社をお訪ねする。

 実はスローライフの佐藤さんも、かつて森町のナタクマという集落にいたときに、この打田宮司さんのお父さんが年に一度お参りに訪れて下さって、そのときには自宅にお泊めしたという思い出がある、というので一緒に行って頂いた。

 社務所をお訪ねすると奥のお部屋に通されて、宮司さんの登場。

 一見して、穏やかで笑顔の絶えない方で、実にご立派な方である。

 聞けば、長く東京の神社本庁で事務方のお仕事に長く就かれていたとのことで、中央との有力者も多くお知り合いのようだ。

 神社の重要性や、今後のあり方などについていろいろと意見交換が出来て充実した時間でした。

 神社も実は気がたるんでいる、という話があって、
 「実は、当社には鎮火の神事というのがあって、川藻と砂と瓢(ひさご=ひしゃく)を用いて行われるのです」
 「はいはい」

 「それで、その神事が行われる様子を私も見ていたのですが、『あ、しまった』と思ったんです」
 「どうしたのですか」

 「神事は滞りなく行われはしたのですが、火に川藻をまいて、砂をかけて、最後にひさごで水をかけるという手順は良かったのですが、そのひさごが水をくみ出す容器がなんと紫のポリバケツだったんです」
 「なんと、桶がないわけではありませんよね」

 「もちろんです。神事の道具立てに気を取られて、一歩先に気がつかなかったのですね。私も反省しましたけれど、神社と言えども、ともすると気が緩んでしまっていることも多いのです。逆に氏子の皆さんから、厳しいご指摘をいただくことも重要だと思いますよ」とのこと。

    ※    ※    ※    ※

 「一般の参詣に来た下さった方から教えられることも多いですよ」とも。
 「例えばどういう事ですか?」

 「お孫さんを連れたお爺さんが歩いていたのですが、女の子のお孫さんが道をちょろちょろ歩いていると、そのお爺さんが、『こらこら、道の真ん中は神様が通るところだから、こっちの端を通ろうね』と言うんです」
 「ほう」

 「こういうことを小さいときから教えられるお子さんというのはどういう育ち方をするのかな。逆に、神社関係者がそういうことを忘れていることも多いかも知れません」
 「なるほど」

    ※    ※    ※    ※

 私のほうからも、「最近神社に対する崇敬の気持ちが減っているというような危機感はありませんか?」とお尋ねをしてみた。すると、

 「私はまだまだ大丈夫だと思っています。先日も、バイクの交通安全のお祓いに来てくれたグループがあったのですが、なんとそのバイクがチョッパーで、ハンドルが長く改造をしてあるものだったのですよ」
 「はい」

 「彼らにとっては、バイクを違法気味に改造するのは許せても、交通安全のお祓いに来ないことは許せなかったと思うのです。ああいう人たちが、ある時に目覚めれば、立派な人になって行く可能性は充分にあると思いますし、そういうことで、まだまだ日本人の心の中に神様はいると思いますよ」とのことであった。

    ※    ※    ※    ※

 佐藤さんから、ナタクマへ宮司のお父さんが来て下さった、という話をしたところ、「それならば父もそうですが、祖父もお世話になったと思いますよ」と覚えていて下さり、佐藤さんも嬉しそうだった。

 
 予定の時間はあっと今に過ぎ去って、まだまだお話しもしたかったのだが、次回またどこかでお会いすることをお約束してお別れをした。

 打田宮司は、北海道の神社関係者にも知り合いが多いとのこと。いずれ紹介して頂くことにいたしましょう。

 今日も良い出会いがありました。ありがとうございました。


《年末は…》
  明日の午後から東京へ向かいます。明日はそのまま東京泊で、明後日札幌入り。札幌でも挨拶回りです。

 今年も「掛川奮闘記」をご愛読頂き、ありがとうございました。

 それでは皆様良いお年をお迎え下さい。


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こままさ