| 2004年12月11日(土) |
041211_実践カレッジ初日、蕎麦とNPOって… |
いよいよ今日と明日にかけて、地域づくり実践カレッジin掛川が開催されます。すごい先生が目白押し、こういうイベントももうないかもしれませんよ。
さて今日は、 ■実践カレッジ開会式〜市長講演 ■上越市野澤課長〜東大神野先生の講演 ■パネルディスカッションの爆弾発言 の3本です。
【実践カレッジ開会式〜市長講演】 いよいよ10時から開園式。土曜日の朝10時からの開会とあって、参加者の中には前泊をした方も多かったよう。 ご挨拶は、国土交通省梶原景博大臣官房審議官と、石川県知事(代読)、そして地域づくり推進協議会会長ならびに地元開催市長としての榛村市長の三名からいただいた。
八戸市の助役さんから地域づくり全国交流会議八戸大会についてご報告をいただいてから、地域づくり講演会。講師は榛村市長で安上がりで内容のある講演会なのだ。 市長講演のタイトルは、「人材と教育とまちづくりの相乗効果関係10講」というもので、掛川市民は何かの機会につけて聞くことのあるお話が多いが、遠方から来て初めて聞く人にとっては新鮮だし、これだけ社会哲学を蕩々と語れる市長を目の前にして感動も多かろう。
もっとも市民だって、「『聞いたことがある、知ってる、覚えている』という状態になればなお良いのだ」というのが市長の言い分だから、同じ話でも良い話は何回でもするのである。
今回の講演から面白かったのは、「これまでの都へ向かって村を離れる『向都離村の教育』を止めて、村へ帰る教育をしよう」というところで、「演歌は 向都離村の嘆きの歌なのだ!」というところ。
「古賀政男の歌、『人生の並木道』は『泣くな妹よ、妹よ泣くな、泣けば幼い二人して故郷を捨てた甲斐がない』という歌詞なんです。これなど、故郷は捨てられる存在だったんですよ」と。
だから、故郷を捨てない価値観を養って、故郷を担う人材をそだてなくてはいけないのです。東京に行って出世してそのために故郷を捨てることが一番価値のあることではない、ということを多くの市民が理解してくれなくては。
【上越市野澤課長〜東大神野先生の講演】 昼食後の事例発表は、上越市合併推進課長の野澤さん。
上越市は、構成市町村が1市6町7村による合併をまとめあげて、来年の1月1日に拡大するのです。形式は吸収合併で、名前も上越市のまま。
現在の上越市が人口134千人、面積249平方キロなのに対して、合併後の上越市は、人口211千人で面積が1347平方キロになるのである。
近傍の新井市と妙高村と妙高高原町はこの三つで妙高ブランドの合併をしたいということなので、上越と合併はしなかったのだが、この三つが合併に参加していれば、なんと江戸時代の旧高田藩の復活というすごいことになっていたのである。
上越では、「合併は行政の都合です」ということをはっきりと住民に対して宣言した上で周辺と少しずつ議論を重ねて、次第に参加町村が増えてこのような合併の絵姿になったのである。
この間の説明内容や、協議の経緯などを分かりやすく説明して下さったのだが、会場のある知人からは「自治体の職員としては極めて優秀な方だねえ」と感嘆。へへへ、創発調査のお友達なのだ。
合併後の新市も発展するようお祈りしています。
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続いては東大経済学部長の神野直彦先生のご講演。
今日のご講演の題は「まちづくりと合併を考える」である。レジメの冒頭でスティーグ・クレッソン(Stig Claesson)と言う人の詩を紹介してくれている。
************************** 第二次大戦後、スウェーデンは豊かな国となり、人々が「繁栄」と呼ぶ状況を生み出した。 私たちは、あまりに簡単に幸福になりすぎた。 人々は、それは公正であるか否かを議論した。 私たちは戦争を回避し、工場を建設し、そこへ農民の子供が働きに行った。 農業社会は解体され、私たちの国は新しい国になったが、人々が本当に我が家にいるといった感覚をもてたかどうかは確かではない。 1950年から60年に至る10年間に、毎日300戸の小農家が閉業するというスピードで、農業国スウェーデンが終焉した。 人々は大きな単位、大きなコミューン(市町村)を信じ、年には遠い将来にわたって労働が存在すると信じた。
私たちは当然のことながら物質的には豊かになったが、簡単な言葉でいえば、平安というべきものを使い果たした。 私たちは新しい国で、お互いに他人同士となった。
小農民が消滅すると共に、小職人や小商店が、そして、病気のおばあさんが横になっていたあの小さな部屋、あの小さな学校、あの子豚たち、あの小さなダンスホールなども姿を消した。 そういう小さな世界はもう残っていない。 小さいものは何であれ、儲けが少ないというのが理由だった。 なぜなら、幸福への呪文は〈儲かる社会〉だったからだ。
スティーグ・クレッソン(Stig Claesson)
***************************** 今回のお話の内容は、家族と自治体と政府というそれぞれの存在ごとの収入と支出と労働というものについてお話しして下さった。
出てくる単語がちょっと難しかったかも知れないが、私には面白く聴けました。
最後もドロシー・ロー・ホルトという人の詩で講演は終了。最近、神野先生は講演の最初と最後に詩を用意するようになっておられるのだ。
なかなかじんと来る詩を選ぶのがお上手である。
【パネルディスカッションの爆弾発言】 休憩をはさんで、パネルディスカッション。
コーディネータは市長で、パネラーは講演を終わられたばかりの神野先生、熊本大学の佐藤誠先生、プロデューサーの残間里江子さん、高崎経済大学の大宮先生の四人である。
パネルディスカッションのタイトルは、「合併市町村における『テーマの豊かなまちづくり』について」というものだが、これは実はなかなかとらえどころのないタイトルで、パネラーの皆さんもちょっと苦労していた。
神野先生からは、「様式が均一化してしまうと、一極に集中してしまうんです。だから 『ほどよいまち』がつくるいくつもの日本、と私は言っているのです。つまり生活様式はいくつあっても良くて、東京のマネをすることはないのです」とのこと。
佐藤先生からは農村と都市との交流の可能性についてお話しをいただいた。
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続く残間さんは、冒頭神野先生の講演に対して、「神野先生のお話しをいつも楽しくっかせていただくんですけど、最近詩が出てくるようになって、なんだか先生の講演の最後には『アーメン』ってくっつきそうだなあ、と思っています」とジャブ1発。
続いては「ほどよいまちってなんだかよく分からないんですよね〜」と今度はパネラー同士で質疑応答。神野先生たじたじ。
…で結局は、「聴衆に対して説明をして理解させて共感させるということがないといけない」とか、「まちづくりのかなりの部分を女性が担っているのに、その視点が欠けている」といった手厳しいお話し。ひえー。
最後の大宮先生は高崎経済大学の地域政策学部長で、もともと経済学部で知られた大学に、地域政策学部をつくった初代学部長。
昼食時に会話をしたときには、「昔は中国などの留学生も経済学部へ進んだのが、最近は地域政策学部を志望する中国人留学生が増えた」とのこと。背景には、経済偏重の社会から、中国内部の地域間格差をどうするかといったことに問題意識が移っていることが伺えるそう。
中国バブルのはじける日も近そうだ。
さて、大宮先生からは「社会の地域力を日本は失った、と言えるだろう。学生が社会に関わっていく力が非常に衰えている。学生が社会に関わると言うことの価値観を醸成する必要がある」とのこと。 テーマの豊かなまちづくりの話をすると、最後には教育のところにいってしまうなあ。
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さて、パネラーの発言が二週目に入ったところで、残間さんの口から、「やっぱりまちづくりって、やっているその人そのものに魅力がなくちゃ駄目なのよ!もう、NPO活動やって、蕎麦打ってるだけじゃ駄目なのよ!」というびっくり発言。
会場には掛川市民もかなり多くて、その大半が私の方を見て、げらげら笑っている。NPOと蕎麦と言えば…、そりゃ私でんがな(^-^;)。
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パネルディスカッションが終わった後で残間さんに、「NPOと蕎麦って私のことですか?」と訊いてみると、「ええ?知らないわよ、そんなの」とのこと。
「私は掛川でNPO作って、蕎麦を打っているから会場はみんな私のことだと思ったんじゃないですか」 「あっ、そうなの?それであのときに、あんなに受けたんだ、ふーん」ですって。
よく聞いてみると、「いや、私の回りにもたくさんいるのよ、なんだか冴えないくせにNPOやってますなんて、名刺の裏に三つくらい書いてさ、趣味に蕎麦打っているようなお・じ・さ・ん・が…」だそうです。
「少なくとも私は、冴えない親父じゃネー! それと、蕎麦は趣味なんかじゃネー!」と叫びたいのをぐっとこらえて(^-^;)おりました。
その日は、会場にいた知人とすれ違うたびに、「助役さん、蕎麦とNPOばかりじゃ、だめなんですね、クスクス」と笑われる事…。ふんとにもー(u_u,)
まあ、そんなこんなで、楽しいパネルディスカッションになりました。ひー(^-^;)。
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