掛川奮闘記

2004年11月28日(日) 041128_弟の結婚式〜「実存か機関か」

 今日は弟の結婚式。44歳にして初婚ですが、お相手がまたすばらしい女性で、「この人を待っていたのかーっ!」と言うにふさわしいお方です。

 さて、今日は掛川奮闘記としては内容が似つかわしくないので、プライベートの身内の話題は避けて、ちょっと以前のエピソードから拾った話題を一つご紹介する、
■実存説と機関説 の一本です。

【実存説と機関説】
 11月5日の奮闘記に、北海道から訪ねてくださった女性園芸家のUさんのお話しが出ています。これはそのときの後日談です。

 この日、Uさんが夕方に私を訪ねてきてくれて掛川市政の話や面白い話をいろいろとしていると、市長が戻って食事をしていると言う。

そこで市長室へUさんを連れて行き、市長にほんの少しだけ会っていただいたのである。

 私が言うのもなんだが、市長室の机の上は連日寄せられる資料と本が山のように積まれていて、ごった返しているのである。全く整理をする暇もない。

 その市長室でUさんに市長と会っていただいたのだが、その市長室を見て後に私に言ったのは、「小松さん、ああいう立派な市長さんに合わせてくださってありがとうございました」という言葉だった。そして続けて
 「あの市長室を見たときに、『この市長さんは仕事をしているなー』と痛切に感じましたよ。オーラが出てました」と笑ったのだった。

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 後日市長と一緒の車の中で、「市長さん、先日会っていただいたUさんが、『市長室を見せていただいて、市長さんは仕事をしている方だなあ、と思いました』と言っていましたよ」と言うと、市長が「どういう点を指してそういったのかなあ」と言う。

そこで「私から、本を何冊も書いたり、レジメや原稿も全て自分で書くんですよ、と言ったのと、市長室の机の上を見た姿がイメージで重なったみたいです」と言うと、市長は少し考えて、こう言った。

 「市長には機関説と実存説があるんですよ。機関説に立てば文章は部下の誰が書いても良くて、それを市長が認めれば市長の文章になるわけです。そして実存説に立てば、自分の文章は自分が書く、というだけのことです」

 「市長さんは、自分の文章は全部自分で書かれるので忙しいのではないですか」と訊くと、
 「自分の名前で出る文章はいくらなんでも自分で書きたいと思ってきたからねえ。文章を書くのはあまり苦ではないし」とも。

 市長が実存でいられるには都市の規模も限られるように思う。せいぜい10〜12万人が一つの基準で、これ以下の都市であれば実存の市長として市民一人一人の顔を見ながら市政を担当することもできるかもしれないが、これ以上の都市となるともはやある程度完成された組織体を有効に使わなくては、行政が行き届きづらくなるのではないか。

 掛川は合併をしてまさにその人口規模になろうとしているが、新市の規模で市民と市長、当局、議会とが一体となったまちづくりをするということが一つの目的ともなろう。

 私自身も、これまでの二年半を振り返ってみると、できるだけ実存的存在として仕事をしてみようと試みていたのだ、ということが分かった。「助役は小松正明」なのではなくて、「小松正明が助役」なのだ。

 しかしこの実存的存在であることを貫こうとすると、機関的存在でなくては困る部分もあるわけで、何からかにまで好き勝手なことをいって通じるわけもない。

 この使い分けを適切に行いつつ、自分ならではの思いや改革の精神を少しずつ加えてゆくと言うのが現実的な行政運営だ、と言えるだろう。

 実存と機関のバランスは、どちらに偏ってもいびつなものになるのだ。このバランス感覚が難しい。


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 NPO法人スローライフ掛川が市から受託を受けていた、逆川沿いの緑の精神回廊を使ったイベント、「コリドー逆川」も好転に恵まれて盛況だったと言う情報が入りました。

 皆さんご苦労様でした。


 明日の昼の便で東京〜掛川へと帰ります。


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こままさ