掛川奮闘記

2004年11月25日(木) 041125_「できないこと」は「できない」のか?

 あかぎれはまだ少し痛いですが、だんだん快方に向かっております。

 さて今日は、
■新エコポリスの土地売買調印式 の1本です。

【新エコポリスの土地売買調印式】
 市の3セクである開発公社が開発を進めてきた、新エコポリスであるが、このたび市内の優良企業であるM社さんがその一区画をご購入頂き、市長の代わりに調印式に出席をする。

 M社の社長さんに言わせると、「やはり一時期の、何でも中国に持って行くような流れから、根幹的なものは国内に残すという流れに変わってきた風を感じる」とのこと。

 M社さんは、某大企業Y社の関連企業として大いに活躍しているのだが、このY社もこの度中国に工場を建てるものの、そこでは国内向けの部品を生産するとのことで、なにからなにまでを中国と言うことではなくなりつつあるのだそうだ。

 「それでは是非とも、企業利益を従業員利益の形で還元して頂きたいものです」と言うと、
 「そこが難しい。企業としてはやはり固定的な人件費が増大するということを嫌いますから、最近は人材派遣の従業員が多いですよ」とのこと。

 しかし続けて、「その人材派遣会社の職員がもう不足していると言いますから、景気が上向いていると言うことなんでしょうね。トヨタ自動車はもう愛知県では人が集まらないと言うことで、九州に大きなエンジン工場を作るんですからね」とも。

    ※    ※    ※    ※

 今回のM社さんによる土地のお買いあげも、作業場の確保ならびに従業員の駐車場なども考え合わせると、それなりの土地が必要だという目論見になった、とのことである。

 ありがたい話で、やはり東海地方というのは恵まれていると思う。

 この東海地方ですらNEETと呼ばれる、学業にも就職訓練にもつかない若齢者が発生するというのなら、もうどうしようもない感じである。 

 世の中が職にあふれる健全な社会に戻って欲しいものだが。

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 ところで、今日もまた引きこもりの若者が身内を殺したなどというニュースがテレビで大きく報道されていた。

 子供が進学することや就職することが当たり前の世の中になると、NEETでいることをなじられたりすることで、当たり前でないことにいやな思いをすることも多いのだろう。

 世の中には「当たり前という価値観を大事にすべきだ」という保守的な一から、「当たり前じゃないことを大事にすべきだ」という革新的な一までその幅は広い。

 アメリカの共和党(Repubulic Party)は「共和党」などと言わずに「公益派」と言えばより意味がはっきりして、もうひとつの民主党(Democratic Party)は「民意派」と言うとより意味がはっきりする、とは塩野七生さんの(ローマ人の物語」の中の一節である。

 「民意の思うところに従うと、自分たちの都合の良い方向に持って行って公益が果たされない」、と考えるのが前者で、「そうではなくて、主権在民なのだから、民意を反映することで公益を達成すればよい」と考えるのが後者であるという。

 言ってみれば「当たり前」という価値観を大事にすべきだ、と言うのが前者で、「当たり前でやれない人も大事にすべきだ」というのは後者だろう。

 どちらに正解があるかと言えば、答えはその中間にあるのであって、この両方の適切なミックスや使い分けのなかにしか答えはない。

 答えを見いだそうとせずに、どちらかに偏ろうとするのは心情的には楽だがそれでは答えにはたどり着かないのだ。

 「できないこと」を「できるように頑張る」のも人生ならば、「できないこと」は「できない」と割り切るのも人生の知恵である。

 多分生涯学習を一生重ねても、できないことはできないと思うのだが、最低線の一定レベルまではなんとかしようというのが教育なのではないか。

 さらに言えば、できないことにもチャレンジさせ続けるように心に火をつけるのも教育次第と言うことだ。

 結局、そうなると本当の答えはどこにあるのか分からなくなって、振り返ったときの自分が幸せならばその道が自分にとっての正解で、不幸せであったならばその道は不正解だった、というだけの事に過ぎないのかも知れない。

 結局教育は単なる結果なのか?

 …ということで、答えの見いだせないままに今日はもう寝ます。明日からの今週末は札幌で弟の結婚式に出席です。

 全国の独身男女の皆様、40歳半ばまでは大丈夫、結婚は夢ではありません。そんな話は来週だー。 
 


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こままさ