掛川奮闘記

2004年11月06日(土) 041106_第二回古事記と琴の夕べ

 穏やかな天気が続いている静岡県ですが、地震の避難が続いている床に限って雨の予報。早く復興が始まって欲しいものです。
 さて、今日は
■第二回古事記と琴の夕べ
■琴とお茶事
■そんな出会い、の4本です。


【第二回古事記と琴の夕べ】
 夕方も穏やかな天気が続いてくれていて、これも神様の思し召しかと感謝しつつ、事任神社へ向かう。

 今日はこれから昨年に引き続き、第二回となる「古事記と琴の夕べ」を行うのである。

 これは昨年のスローライフ月間中の11月8日に、事任神社をお借りして私が古事記について語り、T君に琴を弾いてもらい、さらにはお茶とお菓子で語り合うというイベントを行ったものの、第二弾というわけ。

 昨年は、定員30人だったはずなのだが、来場者が友達を連れてきたり予約の連絡をせずに飛び込みで来てくれたりで、50人を超えてしまった。

 そこで今回はあまり宣伝もせずに、口コミを中心として集めようと言うことにしたのだが、逆に集まるかどうかが不安なくらいであった。

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 昨年もお話しの際は拝殿をお借りして宮司さんとの掛け合いで進めたのだが、昨年は本殿をやや背にする形でお話しをしたので、終わった後で少し心苦しく思っていた。

 そこで今回は拝殿を横に使う形で行うことにした。幸いこの拝殿にマイクとスピーカーセットを奉納して下さった方もいて、端の方でお話しをしても、拝殿全体で聞こえるようになり、便利である。

 夜7時半過ぎに今回の参加者約30名が拝殿におそろいになり、そこへ私と宮司さんが登場し、いよいよ古事記の第二弾の始まりである。

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 今年も最初は禰宜の誉田潤さんによる祓詞(はらえことば)から始まり、イザナギの命による禊ぎ祓えの由来などをお話しのきっかけとしました。

 次に宮司さんから古事記の書かれた当時の背景や、古事記への思いなどを語って頂きました。

 宮司さんからは「神話には当時の日本人の考え方などが繁栄されていますので、そういう気持ちでこの物語を見て下さい」というお話しでした。

 さていよいよそこらは私の出番です。今回も始まりは天地が現れて、アメノミナカヌシノカミとタカミムスヒノカミとカミムスヒノカミの造化三神が登場するところから始めました。

 やはり古事記という神話の最初を語らなければ、全体の姿が見えないと思うからです。

 ここからイザナギ・イザナミの国生み物語、黄泉の国への救出・失敗物語などは足早に過ぎました。昨年もお話ししたので、このあたりは余り時間をつぎ込めませんでした。

 昨年は、スサノオノミコトとの高天原追放のあとの活躍と大国主の命の物語で終わったのですが、今年は神武天皇となるカムヤマトイワレヒコの母神であるタマヨリビメのところまで話を持って行きたかったので、少し急いだのです。

 続いてはアマテラスとスサノオの争いと天の岩戸の物語、そして天孫光臨の物語、海幸彦と山幸彦の物語と、そこからカムヤマトイワレヒコが誕生するまでについて、「語りもの」として演じさせて頂きました。

 なぜタマヨリビメまでお話しをしたかったかというと、この神様がこの事任八幡神社の御祭神のお一人だからで、なにげなく見ている神社の御祭神の由来・縁起などを少しだけ知っておくことで、故郷を知り日本を知ることに繋がるという思いがあるのである。

 この事任八幡神社の御祭神は他には八幡宮を名乗るからにはホンダワケノミコトが祀られているが、もう一柱はコトノマチヒメさまである。

 全国の神社は数あれど、コトノマチヒメさまを祀っているのは当神社だけと言うことで、これはこれですばらしい由緒なのだが、こういうことをちょっと知っているだけで、豊かな故郷になるに違いない。

 故郷の神様を知れば故郷のことがよくわかるし、日本の神様を知れば日本のことが更によく分かるのではないだろうか。

 聴きに来て下さった皆さんにもおおむね好評で、中には「日本の神様ゆかりの土地を訪ねるツアーなんかを企画して下さいませんか?」と熱心に訊いて下さる方もいた。

 神様や神社などを通じて旅行をするというのも一興だし、1つのことを貫いてモノを見ると、某かのことが分かってくるものである。

 熱心にお話しをしていると、一時間なんてあっという間である。私の楽しみにお付き合い頂き、聴衆の皆様、ありがとうございました。


【琴とお茶事】
 古事記語りの後は、場所を宮司さんの御本宅に移して琴を聴き、お茶をいただいた。

 琴は、今年はT君と彼のお母さんとの連弾で二曲。このお二人はそれぞれ流派が違うと言うことらしいが、立派な演奏でした。ありがとうございました。

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 お茶はお菓子を、古事記の中の鹿の神様であるアメノカクにちなんで阿波の国徳島県の「小男鹿」というお菓子にした。

 これはカステラのような蒸し菓子だが、お菓子の上に緑色の縞が描かれていて、これが鹿の体の模様に似ているのだ。

 お菓子がひっくり返って出てくるハプニングもあったが、これまた面白かった。

 宮司さんご一家には大変お世話になりました。また機会がありましたらよろしくお願いします。

【そんな出会い】
 今回のイベントを、映像に残して欲しいと思って、知人のTさんに「時間があったら映してくれませんか」と頼んでおいたところ、駆けつけてくれて撮影をして下さった。

 終わったところで感謝を述べると、「私は四十数年、掛川に生きていますけれど、今日初めてこの神社に来ました」とのこと。

 「祭のときに氏神様の神社へは行きますけど、ここまでは来たことがありませんでした」とのこと。

 掛川に生まれ育った人ほど、生まれ育った地域に愛着がある余り、ほかの地区には気持ちがむかないのだろうか。

 それでもこうして、それまでは知らなかったところへ来られたのだから、なにかの縁があったと言うことなのでしょう。

 縁があるということは、そいういう風になっているものなんですよ、きっと。 
 


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こままさ