| 2004年10月18日(月) |
041018_委員会沖縄視察 |
今日の話題は 【経済建設常任委員会沖縄へ】 【沖縄市のTMO視察】 【道の駅許田】です。
【経済建設常任委員会沖縄へ】 朝5時半に市役所に集合してそこからはバスで名古屋空港まで移動。朝焼けが美しくて、沖縄がどのような天候になるかなどはまったく想像させない。
沖縄にはすでに台風が接近していて、名古屋空港発全日空301便は「現地が悪天候で着陸できない場合は引き返すか、給油で鹿児島空港に着陸するかもしれないのであらかじめご了承ください」という条件付き搭乗であった。
戻るならば戻るなりの行動もあったのだが、着いてしまったからには当初の目的を果たすべきである。覚悟を決めて雨中の視察へと繰り出したのだ。
【沖縄市のTMO視察】 午後の視察は沖縄市の中心市街地活性化に頑張っているTMOの視察である。
沖縄市は旧名をコザ市と言ったのだが、近隣の村を合併してカタカナ名から漢字の沖縄市になったのだ。 ここの中央パークアベニューは、終戦後すぐの時代にはセンター通りと言って、海兵隊が駐留してしかも為替レートが1ドル360円だった頃には海兵隊の兵士たちの金離れの良さも手伝って不夜城となり大にぎわいを見せたのだそうだ。
ところが次第に冷戦時代に入り、そのような状況が変化する中で商店街も次第に衰退して対応を迫られたのだ。
次第に周辺には大型店舗も進出し、地元商店街に本店を持ちながら大型店に進出をした果敢な店ほど、儲からない地元の店を閉めるという悪循環もあり、また沖縄において駐車場の不便さは致命的で、更に衰退が増したという。
やがてボランティアによる活性化事業が始まったが、やはりボランティアでは息切れしてしまった。
そこで平成12年4月からドリームショップ事業というユニークな活性化策を中央パークアベニュー単独で実施し、これを地元出身のタレントが応援することでマスコミにも取り上げられるなど、少ない経費で知名度が上がったという。
このドリームショップ事業は、沖縄になんとしても住みたいと思っている「沖縄病」の人たちをターゲットとして、商店街でやってみたいことを企画提案してもらい、最優秀者には償金50万円の他、家賃への補助などを手厚くすることで商店街への出店を促すという事業である。
これが平成13年度からはTMO事業として取り上げられて、以後11回を数え、これまでに15店が開業し、現在でも11店が営業を継続しているという。
その結果、この活動に刺激されて商店主が戻るなどの効果も見えて、事業を始めた頃には100軒中26軒の空き店舗だったものが、今では空き店舗は5店舗に減ったというのである。
なかなかの成果なのだが、それでもやはり悩みもあるという。それは一つには各個店として個性的で頑張っている店が増えたのはよいが、やはり個店が主で、商店街としてはやはり苦しいという現実。
またメインの道路を一方通行の一車線にして両脇を搬入用駐車帯としたのだが、これはお客さんのための駐車場としては法律で許されていなくて、またお客が止めようものならば警察がすぐにレッカー移動してしまい、結局お客さんに不快な思いをさせてしまい、地域から客足が遠のくという結果を招いているのだという。
また、このドリームショップ事業自体も、国の三位一体の改革の余波で今後どうなるか分からないという瀬戸際に立たされていて、なかなかつらいのだという。
どこでも同じような悩みはあるものだ。沖縄と本土の差ということもあろうが、それでも面白い試みであった。
ちなみに事業の紹介をして下さった、TMOの喜納さんという方は大変お話しが上手だったので、「どういう経歴ですか?」とお尋ねをしたところ、「本業はタレントなんです」とのこと。
そのため、月〜金はTMOとしての仕事をして土、日はタレント業をしているのだという。なかなかこれも面白い才能の活かし方でありますね。
沖縄もなかなか不況のようだが、今後のがんばりに期待したいものです。ありがとうございました。
【道の駅許田】 続いて道の駅許田を視察。ここはいかにも昔からある物産館をアレンジした道の駅。
しかしながらお土産もあることにはあるが、置いてある品々が地元密着というか、地元の人たちも買いに来るようなものも多く、面白い。
そろそろ雨も強くなってきた。今日は恩納村のホテルで宿泊。どうも明日は台風が直撃の様相。うーむ、どうなるんだろう…。 掛川の状況も心配だ。
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