掛川奮闘記

2004年10月14日(木) 041014_まちづくり視察〜近江八幡市

【中心機能特別委員会視察の二日目】
 視察の二日目は近江八幡市。

 近江八幡市は人口68千人、面積76平方キロという規模を有し、彦根市と大津市のほぼ中間にある中堅都市である。

 市名の由来は市内にある日牟礼八幡神社から。天正13(1585)年に豊臣秀吉の甥・秀次が城下町として開町し、その後近江商人の本拠地として栄えた町である。

 秀次は一部の小説では暗愚な殿様として描かれているが、この町にあっては京都に習い格子状の道路網を早くから整備するなど町発展の礎を築いた賢候として知られ、今でも地元の崇敬の対象である。

 地元の視察では商工会議所の担当者と市役所の商工課長が対応をして下さった。

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 挨拶で、商工会議所の専務理事さんから「掛川は新幹線駅を市民一体となって誘致した素晴らしい実績があることはつとに有名。わが町も米原〜京都間60キロの真ん中にあることから掛川のひそみに倣って新幹線駅を誘致したいと思っています」との挨拶があった。

 挨拶の後はまず地元紹介として、近江商人に関するビデオを見せて下さった。

 近江商人とは江戸時代から近世にかけて、今日の商社のように日本中の産物を売って歩くことで資本主義社会の原型をなした、この地の商人たちの総称である。

 琵琶湖周辺には細かくいうと、湖西の高島商人、湖東には湖東商人、八幡商人、日野商人などの商人郡がいたとのこと。

 高島商人は、戦国から江戸に欠けて栄え、高島屋の前身である飯田屋呉服店などが有名で、遠く岩手県盛岡市のまちづくりに関わって大いに地域に貢献したのだという。

 八幡商人は江戸日本橋で活躍して、特に北前船で北海道の江差町、松前町まで販路を拡大して松前藩の生活物資を一手に引き受けたほか、北前船で北海道の海産物の販路を大いに拡大してその市場性を高めたのだそうだ。
 北海道にとっては八幡商人さまさまなのだ。

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 また近江商人には代々有名な家訓というものがあり、これがまた一般人にもつながる商人道の心得を現したものとして知られている。

 たとえば「三方よし」という言葉があり、これは商売の売り買いは売る側と買う側が良ければそれで良いというものではない。これに世間を加えて、「売り手良し、買い手良し、世間良し」の三方良しでなくてはならない、と教えるものだ。

 また「利は勤るに於いて真なり」と言い、これは利益というものは働くことで得ることをもって正しい、と言うことをいっており、買い占めや権力と癒着して利益を得るなどというのは邪道である、と教えている。

 「陰徳善事」とは得た利益を社会奉仕に使うべし、という教えであり、この教えに従って、近江商人の寄付で幾つもの橋や道路、学校が整備されたのだという。
 
 いずれも「今日あるのは世間のおかげ」ということを徹底的に述べるもので、大変共感がもてるものである。こういう商人が少なくなったせいかもしれませんがね。

【近江八幡市のTMO】
 近江八幡市にも中心市街地活性化のためのTMO計画があるが、ここの町の特徴は中心市街地が駅からだいぶ離れて設定されているということである。

 かつての商店街は駅から離れたところに多く存在していたのである。しかしこれらの商店街も今では見る影もなく、空き店舗がどんどん増えて、商店街の疲弊と平行して地域づくりが難しくなっている。

 担当者の説明を総合すると、市内には大型のショッピングセンターも多くあり、もう『中心商店街』の活性化というのは難しいと感じているが、今後のTMOは地域づくりの一環として存在意義があり、市民と一体となった地域づくりを目標としつつあるようだ。

 商店街の活性化はどの町にとっても難しいのだ。

【近江八幡市内視察】
 市内の視察にもご同行を願って、案内して頂いたのは、古い家並みが保存されている八幡堀の近く。

 この八幡堀も、かつては琵琶湖との舟運の道として栄えたのを、埋め立て事業が発表されたのをきっかけに地元から保存運動が起き、とうとう埋め立て事業を断念させて、今では良質な景観が保たれる憩いと観光の名所となったのである。

 合い言葉は「堀は埋めた瞬間から後悔が始まる」というもので、この言葉に次第に多くの人が共感をしていったのだそうだ。地域の一体化の多くは共通の危機がきっかけとなる好例である。

 
 堀の石積みも風情があり、また堀沿いに古い家並みが保存、復興されていてさらにノスタルジーをかき立てていますよ。

 しばしば時代劇のロケ地にもなるようで、まあその気持ちもよく分かりますね。

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 昼は最近出来た「あきんどの里」という飲食店やおみやげ屋さんの集積したところで食べて満足。

 ここでも高いビルではない再開発的な商業集積ができていますが、掛川の東街区でも出来そうな感じもしますが、果たして今の掛川に合うかどうか。

 この地域の特産品である瓦を紹介する瓦ミュージアムでは、瓦職人である山本議長さんの解説の独壇場。プロですからねえ(^-^;)。面白かった。


 帰りのバスで移動中に関ヶ原近辺では雨。視察中には雨にあたられずに幸いでした。

 お土産はこの地の特産である麩を使った丁字饅頭。「丁字」の由来は、麩が出来るときの格子模様が、この町の格子状の道路網(丁字)に似ているからだとか。

 結構美味しいんです、これが。



 さて、二日間の視察をご苦労さまでした。成果を次回の特別委員会で意見交換いたしましょう。



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