掛川奮闘記

2004年10月06日(水) 041006_北海道都市問題会議と報徳

【深川へ】
 朝早くに旭川行きの特急に乗って深川へ向かう。今日は深川市で、第29回北海道都市問題会議が開催されて、私は午後のパネルディスカッションのパネラーの一人として招かれているのである。

 昨夜はエア・ドゥの最終便で東京から帰ってきたので、あまり家族とはつもる話もできなくてちょっと残念。知人から「エア・ドゥなんて便が少なくて不便なのによく乗りますね」と呆れられたが、「そのちょっとした根性なしが500万人もいたために、エア・ドゥは潰れたのだ」と思うと、とにかく私はエア・ドゥにこだわり続けているのである。
 これも私なりの愛郷心の発露ではある。

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 さて、9時過ぎには深川駅に到着して、市の方の出迎えを受けて会場へと向かう。会場ではやがて本日の出演者が一堂に会して今日の打ち合わせを行う。

 私の横に北海学園大学の太田原高昭教授が座られて、四方山話をするうちに、私から「今日は私は報徳思想のお話をしようと思ってきました」と言ったところ、先生は笑いながら「私は報徳社の顧問をさせられているんですよ」と言うではないか。

 太田先生は元北大農学部の教授で退官されて北海学園大学に移られているのだが、一貫して農業経済をご専門に研究活動をされていたのであって、その関わりの中から当然と言えば当然なのだが報徳社にも関わりを持たれているというわけである。

 私としては北海道の報徳関係者は北海道報徳社の専務理事さんだけしか知らなかったので、大変心強い思いがした。これからもどうぞよろしくお願いします。

【パネルディスカッション】
 パネルディスカッションのテーマは「農を軸とした新しい都市の創成」である。その趣旨は、日本の多くの都市が抱える都市の中の農地をどう考えるか、という点で、農村に住む人は都市的な施設が欲しいし、都市は農地より開発できる土地が欲しいという相互のせめぎ合いをどう折り合うか、というのが論点である。

 今回のパネリストは、私の他には、哲学を専攻されていながらグリーン・ツーリズムでまちおこしに携われている拓殖大学北海道短大の橋本信教授と、北大教授で地域計画や環境計画ご専門の加賀屋誠一教授、札幌テレビのアナウンサーからフリーキャスターに転身し、今ではスローフードやグリーンツーリズムでも積極的に活動をされている林美香子さん、そして「元気村・夢の農村塾」で農業振興に取り組んでおられる谷口保幸さん…ということだったのだが、なんと谷口さんが当日の朝に怪我をされて病院に運ばれ、急遽夢の農村塾副塾長の渡辺さんが代役として登場するというハプニングがあった。

 この都市問題会議自体は都市側から考える問題解決の場、ということなので普段はなかなか農業の問題を考えることもなかったのだが、これまで喧嘩の相手であった農業について「まず敵を知る」ことから、都市の問題解決法を探って行こう、と言う趣向なのである。

 最初は農業サイドで活躍されている、橋本先生、渡部さん、林さんからグリーンツーリズムや元気な農業の事例を紹介された。次が都市サイドからの発言と言うことで私と加賀屋先生の発言。

 私からは農業と言っても、「農地と農民・農村+農家、農業、農協」という「農」があって、これのどれをどう守ったり救ったりすることを考えるのか、という問題提起をしました。

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 そこから先は都市計画法と農振法・農地法のせめぎ合いのような話になり、ちょっと専門性が強い議論となってきました。

 コーディネーターの太田先生からは、本日の最終的な仮説的提案として「今後の土地利用を考えるときには、都市計画法と農振法を一緒にした田園法のようなものを作るべきではないか」ということを最終的な結論に持って行きたくて、論を展開されていたのだが、最後のイメージスライドを出そうとしたところでどうしたことか、絵が出ないというハプニングがあった。

 最後を決めるスライドがでないために、言葉ではなかなかそのイメージが会場に伝わらず、インパクトが伝わらない最後になりかけた。

 そこへ最後が私に振られて、「ところで小松さんは農村づくりを個人個人の心の中に求める報徳についても発言を用意されているようです」とのことだったので、最後の8分を報徳で締めることが出来た。

 もちろんそのためのスライドも用意してあったのだが、二宮金次郎のこと、彼の村落救済の手法、そこから生まれた至誠、勤労、分度、推譲の4つの徳目と、「経済と道徳の両立」の教え、北海道での報徳の歴史などを熱く語り、最後は「今日はたくさんよいお話を聞きましたが、損得曰く、『我は只実践あるのみ!』なのであります。会場の皆さんが今日覚えて帰る単語はこれだけで十分!」とアジったところで時間切れ。

 太田先生は「そうは言っても今日のテーマは制度論なので…」とまとめたかったのだが、なんとしても時間が迫っていたので、「この続きはまたいずれ」という形での締めくくりとなってしまった。

 結局会場にいた、年齢が上の議員さんたちには私の報徳が一番受けたようで、なんだか今日の会議の締めの方向を変えてしまったような申し訳ない雰囲気でありました。

 それにしても、思いっきり報徳について演説が出来たので会館この上なし、で私としては満足満足でありました。


【懇親会】
 懇親会でも報徳の余韻が色濃く残り、わが大学の恩師からも「小松君、一番佳境のところで時間が来ちゃったのじゃないの。もう30分くらい必要で、それくらいあるとさらに盛り上がったろうねえ」と笑われた。

 深川周辺の市や町の議員さんからも挨拶をされて、「最後が一番良かったよ」とお褒めの言葉。

 「助役さん、お歳はおいくつですか?」と訊くので
 「私は46歳になりました」と答えたところ、握手を求められて
 「ほ〜、日本もまだまだ捨てたもんじゃないねえ」としみじみ感心されてしまいました(^-^;)。

 結局今日は報徳の教えの会議になっちゃったみたいで、本当の都市の問題は都市住民の一人一人の心の中に報徳の灯火がなくて、分をわきまえたり他に譲る推譲の精神が欠如している事じゃないのかな、という私の理解が一番共感を得たようであります。

 ますます北海道で報徳を復興させなくてはなりますまい。おーし、やるどー!

 


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こままさ