掛川奮闘記

2004年10月02日(土) 041002_一豊サミットと木のフォーラム

【一豊公&千代様サミット】
 今日は朝からサミットとシンポジウムの一日。

 午前中は山内一豊とその妻ゆかりの自治体が集まって地域連携で盛り上がる「一豊公&千代様サミット」である。このサミットも11回目となり、掛川では過去に第一回目と第六回目を行っており、今日が三度目となる。
 
 このサミットも最近は少し種切れで、昨年滋賀県の長浜市で行われたときには私が市長代理で参加したのを始め、首長本人があまり出席されなくなっていたのだが、今年は平成18年度の大河ドラマが山内一豊公をとりあげるということになったために、11構成市町のうち10の市町から首長が参加して下さることとなった。

 おまけに高知県からは橋本大二郎知事も参加することとなり、それでは、ということで静岡県の石川嘉延知事も出席して下さることとなった。

 さらに、サミットにはそれぞれの自治体から住民を募ったツアーで多くの方が訪ねてくるのだが、その数も500人以上となり、600人の会場が満席状態である。まさに人が人を呼んで盛り上がる典型的な例である。

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 会場となったつま恋に到着すると、もう既に山内家の第19代御当主山内豊功(とよこと)さんとその奥様がいらっしゃっていて早速ご挨拶をする。豊功さんは現在は東京の世田谷にご在住だが、月に二三回はお仕事や山内神社の関係で高知に行かれるとのこと。
 やがて第20代当主となるご子息豊浩さんも到着されたが、ご子息は現在静岡市で県立子供病院の医師として勤務中とのこと。静岡県との因縁を感じますね。

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 やがて橋本知事と石川知事も到着してサミットの開始。

 市長からの歓迎の挨拶の後は、山内豊功さんからのご挨拶。「殺伐とした戦国の物語ではなく、信頼や協力と言った夫婦の物語にして欲しい」とのこと。

 次は石川嘉延静岡県知事さん。「男女共同参画の走りだと思うが、現代の行き過ぎようとする改革も間違いならば、今のままで良いんだ、というのも間違いだと思う。その時代ごとの男女の有り様があるので、そういうことに繋げていただきたい」と言いつつ、「掛川もたくさん放映されることを知事としては願っております」とリップサービス。

 橋本高知県知事からは、「各首長さんは少しでもわが町を舞台にして欲しい、と思われるかも知れないが、それぞれが足を引っ張り合うのではなく協力して行きましょう」と協力の呼びかけ。高知はすごろくの上がりだから良いわけなのよね。

 一方で「一豊の妻があれだけ有名になったのは、『社長派につくか専務派につくか』といった戦国派閥争いの中で寝返りながら主君を代えて生き延びた生き方というのはあまり自慢できるものでもなかったので、それを『妻からのアドバイスがありまして…』という言い訳に使ったのではないか、という説もあると伺いました」と新しい解釈を披露。

 「NHKさんがどう解釈するか分かりませんが、様々な解釈や地域からの要望を受け止めるのは大変だと思いますので、頑張って下さい」と最後はNHKへのエール。古巣だもんね。

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 さてお次はNHKで今回の大河ドラマのチーフプロデューサーである大加章雅氏の登場。担当者が何を言うかが注目の的。

 「一豊のお話しは、勝ち組のお話しです。私の父も一人で会社を作って商売をしていましたが、亡くなるときに最後まで自分の死よりもそのことで会社を閉じたら誰かの迷惑になるのではないか、ということばかり心配していました」
 
 「今も何かにつけて自己責任の議論が盛んですが、成功をすることよりも仕事を全うする市政の方が大事なのではないか、という気がします。一豊もそうやって見ると、気遣いがありすぎて本当は功名出来ない姿が伺えるのですが、世は戦国。自分も生きなくてはならずその狭間にドラマがあるような気がします」

 「実はもうすでに脚本家の大石静さんと、ある時は堂々と、ある時は内密に関わりのあった土地を訪ね始めています。先日安芸の博物館へ行きましたら、一豊縁の矢尻というのがありました。これは最初の頃の戦いで一豊が矢を顔面に受けて、左の頬から刺さった矢が右の頬を突き抜けるという負傷をしたことがあったのです。その時に家臣の一人が『殿、顔に足をかけて矢を抜いてもよろしゅうございますか』と言って抜いた矢の矢尻なのだそうです。それが今でもこうして残っている、ということに感銘を受けました」

 「ドラマの話をいたしますと、来年1月辺りにシナリオの初稿が出来て、来年8〜9月頃にクランクイン、再来年の9月に撮影終了という予定でおります。また、これまでは仮のタイトルとして『功名が辻〜一豊とその妻」ということで発表をしておりましたが、正式なタイトルとして『功名が辻』で行く、ということが決まりました」

 「『一豊』をなんと呼ぶか、ということでも議論をいたしました。『山内』は『やまのうち』と呼ばれることが一般的ですが、御当主は『やまうち家』でらっしゃいますので、『やまうち』で行くことにいたしました」

 「また、歴史学者の中には武士に『一』がついたときは縁起を担いで『かつ』と呼ぶことが多かった、という方がいらして、それでは『かつとよ』か、ということですがさすがにここは『かずとよ』とさせていただこう、ということで決まりました。従ってお名前は『やまうち・いえもん・かずとよ』となるわけです」とのことである。

 読み方一つでもいろいろな議論を巻き起こしそうだから、歴史上の人物も穏やかではありませんなあ。

【首長サミット】
 その後はいよいよ各自治体の首長さんがステージに一同に揃ってのサミット。サミットと言っても余り時間もないので一人一言のような形であるが、自分の市や町の住民たちも応援に駆けつけて注目をしているので、良いところを見せなくてはならない。

 何しろ歴史上の人物なので、一豊さんも千代さんも出生と称される場所が二人とも二カ所あるということで、これは大河ドラマ上、どう整理されるのか大変である。

 各首長さんからは、「軽ノリではなくて重厚なドラマとして欲しい」とか「千代様をメインにしすぎて一豊さんが小さく扱われるのはどうか」などいろいろな要望が寄せられた。

 傑作だったのは高知市長で、「一豊さんの名馬は太田黒と言う雄馬なのですが、ぜひこれを牝馬ながらハルウララでやっていただきたい」だそうだ。皆自分のところの話題をいかに大河ドラマに絡めるかに知恵を絞っている。NHKも大変じゃ、こりゃ…(^-^;)

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 昼食会の後は車に同乗して橋本知事を駅までお見送り。車中で「榛村さんは10年前と全く変わらないパワフルだねえ」と感心することしきり。

 車中隣にいていろいろとお話しをしたが、政治家としての花を感じました。

【木の建築フォーラム】 
 午後は一転して木の建築のお話し。本当は午前のサミットもそれほど盛り上がらないのでは、ということで合わせ技としてのフォーラムを一緒に行うことにしたのだが、その後に大河ドラマの話が出て予定が狂ってしまった。

 午前中の盛り上がりをそのまま引きずる形で東大の坂本功先生の「木造建築の面白さ」、そして元奈良国立文化財研究所所長の鈴木嘉吉先生による「日本建築の美と技」という講演が二本。

 どちらもなかなか興味深いお話しでありました。

 パネルディスカッションには知人の建築家も登場して、大工さんのなり手不足からやがては技術が廃れることを心配していた。
 
 木の建築は修理しやすいが、やはり材が太い方が修理はしやすいそうだ。一方で岩国の錦帯橋は細い部材を鋼材で束ねて太くして強度を出しているそうだ。まあ太い部材が全てなどといった決めつけは無用と言うことだ。
   
 日本人ならば、家は木に限るよ。

 


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