| 2004年08月12日(木) |
040812_行く道ぞ… |
【介護老人保健施設の視察】 これまで何度も、介護老人保健施設の話題について話を聞いていたのだが、なかなかその単語の意味が掴めずにいたので、今日は老人施設を見学させてもらった。
介護老人保健施設には入所する施設が三種類ある。「介護老人福祉施設」というのはいわゆる特別養護老人ホーム(特養)のこと。
「介護老人保健施設」というのはいわゆる老人保健施設(老健)のこと。
そして「介護療養型医療施設」というのはいわゆる療養病床(老人病院)と呼ばれるものである。
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今日は市内にあるそういった施設のうち、まずエバーグリーン掛川をお訪ねした。
特養は、寝たきりや痴呆で常時介護が必要で、自宅では介護が困難な人が入所するもので、食事、入浴、排泄など日常生活介護や療養上の世話が受けられるもの。
ここエバーグリーンでは入所定員は100床で、一般棟50床に痴呆性棟50床というもの。また通いでサービスを受ける通所定員は一日30人と言うことになっている。一般に特養は80床以上あれば安定的に経営ができるといわれているのだそうだ。
施設を利用する人数中男性は16%で女性が84%、男性の平均年齢は80.3歳だが女性は86.0歳で、ここの世界は圧倒的に女性上位である。
様子を拝見していても、男性はじっとうつむいたままほとんど動かない人が多いが、女性たちは集まってはぺちゃくちゃとお話しをしている。やはり社交性があるのも女性のようだ。
何か悩みはありますか?と訊いてみると、「やはりスタッフが集まらずに困っています」とのこと。
日本人で養成も進んでいるのではありませんか?と尋ねると、「いえ、看護士さんは急性期治療の病院へ行ってしまいますし、グループホームが増えているために介護福祉士もそちらへ取られてしまいがちなのです」
「どうしたらよいのでしょう?」 「現在国もそれが深刻であると言うことに気づき、中川経産大臣と川口外務大臣の間で、本気で外国からの看護専門職を認める動きが出ています。私としてはフィリピンやタイからの支援を受けるというのが現実的だと思っていますが…」とのこと。
福祉の最前線は大変なことになりつつあるようだ。
【さやの家へ】 続いて天竜厚生会が経営する「さやの家」を見学する。ここも特養120床とショートステイが24人の施設。
ここは県内でも質の高さで有名な社会福祉法人で、考え方や死に向かうお年寄りに対する哲学が実にしっかりしている。
聞けば、やはり入所者の70%以上になんらかの痴呆症状がうかがえるのだが、痴呆は対応をしっかりとすることで「進行を遅らせることは出来る」と考えている。
そのためには「とにかく本人ができることはやってもらう、やらせることが大事です」なのだそうだ。
「たとえば当所では、入浴の際に洗濯物をネットに入れて持ってきてもらうのですが、これを入浴中に洗濯してあげて帰りには部屋に持って行ってもらいます。部屋には床置きの洗濯物干しを買ってもらってあるのですが、ここに干してもらい、乾いたらタンスにしまってもらいます」 「なるほど」
「『そんなことくらい』と思われるかも知れませんが、最初は濡れたままタンスに入れてしまう入所者もいます。しかし慣れればちゃんとできるのです。やれることをやらせずにお客さんにしてしまうとどんどん痴呆が進行してしまいます」 「そうかもしれませんね」
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さやの家が面白いのは、平屋で立てられた施設のうち南側にある施設には【みなみの町1丁目】から【みなみの町4丁目」まで番地が振られていること。 「いわゆる『町の中に住んでいる』という生活状態にあるような工夫です」
部屋は一人用の個室だが、部屋を出るとすぐに食堂と居間になる共同のスペースがある。聞けば、部屋から出て広場まで廊下を通るような設計は部屋にこもるようになるので今は少なくなっているとのこと。 部屋を出るとすぐに誰かがいるスペースというのが安心なのだそうだ。
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見学の時間が昼を過ぎて、広場の食堂では昼食が始まった。見ていると食器を配る人や飯を盛る人などに役割が分かれている。 「次第に役割が決まって来るみたいですね」
ここでも、やれることはやってもらう考えが貫かれている。
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「施設の中で亡くなる方も多いのではありませんか?」と聞きづらいことも訊いてみた。 「はい、しかしここは特養ですから医師も常駐していないという、医学的治療支援の限界もご家族にお話しをした上で、納得して入所をして頂きます。具合が悪くなった場合はそれぞれのお部屋に簡易ベッドを置くことも出来ますし、亡くなられたときには一夜をご一緒に過ごすことのできる家族宿泊室もあります。死をタブー視してはいけないと思います。亡くなられたときにご遺族が満足できる関係を作れればよいのだと思います」
「そうですね」 「痴呆の方が多いと言いましたが、亡くなられたときにはその丁目の方たちとお別れ会をします。そんなときは普段安定しない方でも大人しく手を合わせてじっとしていますし、ちゃんと玄関からお見送りをすると、『わしもあんな風にお別れ会をしてもらいたい』という方もいます。いつのまにか居なくなった、というのはやはりどこか違うのだと思います」
「しっかりとした考え方ですね。それを実現するのに大事なことは何ですか?」 「やはり職員の教育です。職員には自分たちも入所者の気持ちになるように指導を繰り返しています。入所者の食事を一緒に食べてみることもありますし、オムツを自分で履いて実際に用を足してもらいます。そうするとその後がどんな様子でどんな気持ちがするか、ということが実感として判ります。それが判ればこそ、放っておけない気持ちも強くなるのです」
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「死をタブー視しない…」、「入所者の気持ちになるように…」、といった考えを実際に行動に移しているのが素晴らしい。
願わくば最後にはこういうところでお世話になるのも良いかな、と思ってしまうのだが、現在入所待機者が300名以上もいるのである。
しかしながら空きが出来て登録されているかたに連絡をしてみると「ええ、まだなんとかなりますのでまだ結構です」という方も半分くらいいるようで、仮登録の人も多いようだ。
また、施設介護となるとどうしても介護保健全体に対する負担も大きくなることから、県全体でベッド数を規制していてむやみに増えないように指導を行っている。
施設が増えればありがたいが、介護保険料が増大するのはあきらかである。このジレンマがこれから年々襲ってくるのが少子高齢化社会の実像である。
生涯学習を実践することで、こういうところにお世話にならないことが自分の美学であるという風な考えが広がると良いのだが。 それにしてもこの年齢層になると車いすの多いこと多いこと。いろいろと考えさせられる見学でありました。自分の親にはいつまでも健康でいて欲しいものである。
「子ども叱るな来た道ぞ、ジジババ笑うな行く道ぞ」か…。
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