掛川奮闘記

2004年07月24日(土) 040724_安曇野〜まちなか出会いの旅

【アルプスあづみの公園開園式典】
 8時10分松本駅発の大糸線で豊科駅へ向かう。公園の関係者がほとんどこの電車に乗り合わせる格好になって、懐かしい顔が次から次へ登場。電車の中で同窓会です。

 豊科駅からは、開園式会場の堀金村体育館へ連絡バスで移動。式典は10時からだというのに、8時40分には現地に到着していました。

 もっとも体育館の中でも、業者さんやコンサルタント、地元の方などにたくさんお会いすることができました。覚えてくれている人が多くて、嬉しかったです。

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 記念式典は、壇上に随分大勢さんが座って、挨拶が長々と展開されました。ちょっとどきどきしたのは、田中康夫長野県知事本人が登場して「お礼の挨拶」をしたとき。

 田中知事は兼ねてから公共事業に対する徹底した批判を繰り返していて、特に国の事業は仇と言わんばかりの態度だったので、こういう晴れの席ながらどんなことを言うのか心配だったのである。

 挨拶の中では、イギリスのキューガーデンという、何もないところに植物園を作り上げた庭の話を引き合いに出して、「こういう精神でつくられることが必要だと思います」と、まあ無難な挨拶に終始。とりあえず無事に済んで良かった。

 あとは皆さん喜びの声で応援をして下さいました。現在の事務所長のS君が工事報告として、これまでの経緯を壇上で堂々と紹介してくれました。立派な仕事でした。

 式典終了後に、映像で大変お世話になったN先生と会場で行き会って記念写真を一枚。「小松さん、後で本をお渡ししたのですが」と言って下さるのを、「次にお会いしたときにいただきますよ」と言ってお別れした。
 
 時間がなくて残念でした。N先生、またすぐに来る予定もありますので、そのときに。

【公園のオープン】
 公園が開園するのが12時、ということで、やや時間があったので、昭和記念公園の所長さんなどを禄山美術館へご案内してから、時間を合わせて公園へ向かう。

 到着したときに丁度公園のくす玉が割れて待ちかねた一般客も含めて来園者がぞろぞろと中へはいるところだった。この公園、本来は有料での公園なのだが、今日は開園記念と言うことで無料日なのだ。来るなら今日である。

 入り口で、今日のこれまでに至るプランニングをずっと担当してくれたコンサルタントのYさんとばったり会って、お互いに懐かしい当時の苦労話で盛り上がる。

 公園の中では出張郵便局が出ていて、記念絵はがきを売っていたので思わずこれを買って、家族に葉書を書いた。この地を去ったのが平成11年3月だから、5年と4ヶ月が経過しているのだが、この日を迎えるために、この地で多くのかたと出会って語らって夢を形にしてきたのだ。

 その喜びを家族に分け与えたくて、センチメンタルな文書になってしまった。我が家族の皆さん、葉書が届いたら読んで下さい。

 葉書を書いていたら、ダイビングから動植物調査まで幅広くお世話になったNさんが私を見つけて懐かしそうにやってきた。
 「探したよ〜、こまっちゃん。どこに行ったかと思ってさ」懐かしい笑顔にまた一つ会えた。

 そこからは、この公園の建設でも手伝ってくれた苦労談を聞かせてもらいながら、園内を一周してきました。渓流の魚が見られるコーナーでは、「養殖で見つかる奴はそれにしたけど、養殖なんか無い魚も一杯いて、『それも見せたい』というから、最後は俺はずっと猟師やってたよ」と笑う。

 ダイビングの話でも随分盛り上がり、「また奥さん連れてきて、佐渡で潜ろうよ」とお誘いを受けました。ありがとうございます、いつかまたどこかで潜りましょう。

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 一通り回ったところで、公園仲間のI君にあって、「さっき田中知事が随行の方と帰っていきましたけど、帰り際に『まあ、良くできてるんじゃないの?』と素で言っていましたぜ」と教えてもらった。

 そうですか、それは良かった。あとは地域の人たちと更に話し合いを行って、この人たちの情熱をもっと吸い上げる事に努めて欲しいものです。そういう公園でなくてはうまくいかないのがこの地の公園だと思います。

 読者の皆さんも安曇野へ旅行したときは是非、国営アルプスあづみの公園をお訪ね下さい。これが私の描いた夢の一つです。


【掛川のまちなか】
 あづみの公園の余韻もそこそこに、16時40分の特急に乗って安曇野に別れを告げました。名古屋で新幹線に乗り換えて、夜の8時に掛川の 駅へ降り立った。

 そのまま帰っても良かったのだが、なんだかまちなかが賑やかな気がして、ふらふらとまちなか散策をする。

 …と、遠くで露天が並んでいるのを発見。そちらの方向へ向かって行くと、どうやら縁日のようで、縁日の根元は肴町の子安延命地蔵さんとのこと。

 さっそく一本30円の線香を三本買い求めて、横にいるおびんづるさまにも線香をあげてきました。そんなことをしていると、知り合いの某魚屋の息子さんにあって、この地蔵さんのいわれなどを教えてもらいました。

 まだまだこの地域にはこういう素晴らしい財産がたくさんあるのに、それらを上手に売り出そうとはしないんですねえ。その辺が奥ゆかしいというか何というか…。

 魚屋さんの息子からは、「子安地蔵はこの先の仁藤にもありますよ。あと5分でおしまいですよ」と言われ、慌ててそちらへも駆けつける。

 仁藤の子育て延命地蔵さんの方はもう関係者が片づけに入っていたところだったが、飛び込みで入ってお参りさせてもらったうえに、もうしまいかけていた機械をもう一度セットして、かき氷を食べさせてもらいました。暑かった体が一気に冷えて、効果抜群。

 「こういう信心はまだこのあたりには残っていますからねえ」とは地元市議会議員のKさん。そうそう、こういうのを大事にして欲しいものですねえ。

 これらを何とかしてあげたいものだなあ、と思いながらと帰路につきました。あのまま駅から帰っていたのでは一生出会えなかった風景に出会えました。これも地蔵さんのお導きでしょうね。

 「おいお前、ちーっとこっちへよってけやい」という声が聞こえたような気がしましたから。 


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こままさ