掛川奮闘記

2004年07月22日(木) 040722_社会で真剣に生きる

【東中学校体育館起工式】
 市内の東中学校の体育館について、老朽化して耐震性が劣るということで今回新しく建設を発注した。今日はその神事と起工式が行われるというので市長と共に参加した。

 参加者は、市、市議会、地元、学校関係者など50名ほどである。ここまでならば普通のなんということもない式典なのだが、今日は全くいただけなかった。

 いただけなかった、というのは受注業者の若手職員が行った司会なのだが、神事と起工式ともに全く不慣れであったためである。

 あろうことか、玉串奉奠の際に名前を読み間違えるし、「御低頭下さい」という適切な指示がでないし、最後には市長の名前を「榛村純一【郎】様…」と間違えた。純一郎は小泉首相であるが市長は純一。

 私自身はこの司会をやってくれた若者をある程度買っている。買っているからこそ言うが、今回の司会は全くなっていない。式の終了後もさして悪びれる風もなく恐縮している様子もうかがえない。

 かつてある市で、式典で配られた市長名に点がある、ないを間違えて一年間指名停止を受けた、というエピソードがあった、という。今はさすがにそのようなペナルティを課す時代でもないのだが、要はペナルティを受けないから良い、ということではなく、人の名前を間違えずにしっかりと読み上げるための準備や練習といったことが十分にやられないという、社員教育の姿勢ではないか。

 この様子を見ていたある企業の社長からは「あれはうちなら厳重注意ですね。社会を軽く考えすぎていますよ」という意見があった。 

 実際、信用や信頼がなくても仕事がもらえる時代ならいざ知らず、あなたの後ろに何人の社員を抱えていて、その役回りをこなしているのか。あなたが失敗すればどれだけ仕事が減るのか、あなたの姿勢がどれだけ会社に対するイメージを損ねるか、ということに気が回らなくてはならない。

 市長に対する非礼そのことも重大だが、誰であろうと人の名前を読み間違えるということを失礼だ、と思う心が欠けていて、そのことは自分が背負っている信用を失わせていることに気がついていない、と思わせるには十分である。

 公式行事と、私的な会合をごちゃまぜにしてはいけない。社会では素人芸は必要とされないのだ。

    ※    ※    ※    ※

 私個人が気になったのは、神事の司会をしていながら、神事とはなにをしているのか、という事に思いが至っていなかったことである。

 そのことは個人的には本人にも伝えたけれど、宮司さんをお訪ねするなり本を読むなりして十分に知識を身につけなくてはならない。そもそも土建業に携わるものが神様のことを知らなくしては、業を修めることも出来まい。

 儀式一つ一つの際に、なぜ今起立するのか、なぜ低頭するのか、ということが判っていないからタイミングを外したり、言わずに済ませてしまったりと言うことになるのだろう。

 重ねて言うが、期待しているからこそ言いたい。もっと社会人としての自覚を持って勉強して欲しい。勉強こそが社会を生きる唯一の現実的な手段で、幸せへの近道なのですから。

 ガンバレ!若造!…って言う歳になったか、わたしも…(^-^;)

【不思議な茶商さん】
 夜に体育協会と懇談会を行って、帰りしなにふらっとSさんの仕事場を訪ねてみたところ、「あ、助役、ちょうどよかった。以前から紹介したかったNさんですよ」と、御前崎市のお茶商さんであるNさんを紹介された。

 このNさんは、先日神代大杉を訪ねた春野町で有機無農薬によるお茶栽培をしている方である。

 有機で無農薬の茶栽培となると、さぞお値段も高くなることだろうと想像されるのだが、ここの商売の面白いところは一般の消費者相手に売るのではなく、東京の某有名女性シンガーのご主人が始めたという、会員制の食品販売網に提供していることだ。

 この会員が7万人ほどいるとのことで、ちょっと高めのお茶でも、「ここでしか手に入らない」という希少価値がすっかり認められていて、十分に採算が取れるようなお仕事になるらしい。

 しかも以前には「現場を手伝いたい」と、東京からわざわざ新幹線で掛川まで来て、急斜面の茶畑の中を30キログラムの生葉を背負って作業に従事してくれた会員もいたという。

 こうなるともうお金が高いとか安いとかではなく、心の満足を売っているということになるだろう。心の満足が買えれば往復の新幹線代1万4千円は高くないのである。
 商売の種はそここに転がっているのに、拾えない、植えられない、育てられない人が多いんだな。

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 …でこの方を紹介されて、四方山話に花が咲いた。「掛川の市長さんってね、いつも寝てばかりいるイメージなんだけど」と来たので、「夜もさんざん資料に目を通す日々ですからね」と説明すると、「あ、そうなんですか。一見したイメージとは違うんですねえ」と感心すること仕切。

 イメージ先行で中身のない政治家と、イメージは良くないけれど中身のある人とどちらが市民にとって幸せか、と言うとやはり後者ということになろう。

 市長像というのも外からちらっと見たのと、じっくり話を聞いてみるのとでは大違いな事だろう。まあせいぜい私が説明できる範囲ではイメージ回復に努めることにいたしましょう。

 しかし目に光のある、なかなかな方でした。うーむ、今日も最後に良い出会いが出来てしまった。

 
 明日は朝から長野県安曇野へ向かいます。


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こままさ