掛川奮闘記

2004年06月10日(木) 040610_まちづくりの方向性

【祝10000ヒット】
 おかげさまで掛川奮闘記が1万ヒットを超えました。ヒット二千本で清原は名球会に入る資格を与えられましたが、奮闘記じゃあねえ…(^-^;)。
 それでもまあ読んで下さる人がいると言うことはありがたいことです。もうちょっと頑張ってみます。
 
 ところで1万ヒットはだれでしょう。だれからも申告がないですなあ。いや別に申告したからと言ってどうということもないのですがね。


【東京出張〜創発の営業】
 昨日市長が霞ヶ関界隈を回って、掛川市提案の創発事業調査要望を説明して歩いたのに引き続いて、今日は私が霞ヶ関を回る。先方にすれば、連日の掛川市からの訪問になるが、さぞ印象的だろう。

 創発調査は、二つ以上の都道府県と二つ以上の省庁が絡んでくれる事が必要なので、まずはパートナーを探すのが大事なのだ。

 今回の我が市の提案は、合併でぐらつきがちな合併後の新市のアイデンティティを復元するために、地域への郷土愛や一体感を育てるようなまちづくり手法を提示したいというものである。

 その際に有効なことは、多くの市民・住民が自分たちの市のことに、「課題・話題を感じ」、「関心を持ち」、「関係をもち」、「参加する」ことで、「共感を寄せ」、「課題の解決に向けた実践を行い」、「課題とその解決を通じて地域を誇りに思う」というプロセスが動き出すことが大事だと思っている。

 そこでこの最初の「課題・話題」が多いことを「テーマが豊か」と捉えて、「テーマの豊かなまちづくり」というタイトルでの調査要望を出しているのである。

 この場合、テーマには中央省庁各省の施策も大きく関連しているので、各省のテーマを上手に解決している手法に関して情報提供をして頂くことで各省との関係を築こうとしているのである。 

 地方自治体の行政は総合行政なので、どこを切っても必ず各省に関連してくると言えるので、絡み方は比較的単純だが、業務分担など、具体論になってくると、それなりの調整が必要だ。

 これが結構な苦労なのだけど。

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 そんなわけで今日は、文科省〜総務省〜農水省〜厚労省と練り歩いて、まずは担当者との顔合わせ。なにしろ昨日市長が来たばかりなので、いずれも愛想良く対応をして下さいました。

 基本的には協力して下さるということなので、調査内容の精度をさらに上げて行かなくてはなるまい。

 各省にだいぶお友達も増えました。これだけでも結構な財産ではある。


【創発のチーム打ち合わせ】
 各省への営業を一通り終えて、今後の方向や資料への意見交換をするために都内某所にこちらサイドのコンサルタントチームが集合して相談を行う。

 …と、打ち合わせ中のNさんの元へ、北大のK先生から電話。「今東京にいるんだけど、9時過ぎならそちらへ訪ねられるけどどうする?」とのこと。

 「小松さん、今日帰るって言っていたけど、どうする?」とNさんはにやにや笑う。
 「はいはい、K先生とお話しが出来るなら、今日は泊まります」と即決。

 その頃には、「今日はアメリカ行きの出張を断ってきた」というHさんも集まってきて意見交換の開始。さて楽しくなるぞー。

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 実際にはこのメンバーが揃うと、創発をどうするかというよりも「これからの日本はどうなるか」といったところまで話が及ぶので、効率は悪い(^-^;)。しかし話に出てくる内容は高度で面白いので止められないのである。 

 たとえば、「これからの日本のまちづくりを考えるときに、人口減少社会になるとこれまでの『膨張を押さえて誘導する』という都市計画手法は全くお手上げになる。発展・膨張を前提としないまちづくりの手法が必要」とか、「日本のように成長を前提とするまちづくりはすぐに「賑わいの創出」とか「夢のある町」とか賑やかで楽しいまちづくりを目標にするけれど、ヨーロッパなどはどちらかというと、自分が満足して死ねるような誇れる町を作るまちづくりを目指しているように思える」とか。

 自分がその町で満足して死ぬためには、そこで死ぬことが自慢できるような誇りと愛着を感じたい。そのために自分もまちづくりに参加するという意識があるようだ、というのである。

 「要は墓づくりだよね」とK先生がぽつり。

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 考えてみれば、転勤転勤できた私は、『自分は最後にどこで死にたいのか』ということを考えたことがなかった。漠然と「北海道だろうなあ」とは思うけれど、それは札幌なのか?生まれた室蘭なのか?青春を過ごした旭川なのか?どれもがそうであるようで、そうではない感じもする。

 掛川に生まれ育っている人たちはここで死んで行くことに何の違和感も感じないのだろうか。だとすると、ここで自分が死ぬに相応しい町になってもらうために頑張ろうという気持ちになるのだろうか。

 そういえば市長も「死にがいのあるまち」という表現をたまに使うことがある。多分同じ思想なのだろう。まちづくりの手法にも、妙に浮かれずに落ち着いた見方もあるものだ。

【まちづくりのヒント】
 「これからは中途半端な都市で生活をするのが大変になる。それは便利な終の棲家として多くの老人が都市に流れ込んでくることで、社会保険や医療費がふくれあがるからだ。その解決策は実は都市と農地が混在した中小地方都市にあるのではないか。ここで年金をもらいながら半農生活を営んで美味しい食材と、体を動かして生きる目標と生き甲斐があって、農業による副次的な収入が更にあれば、消費ばかりの都市よりもはるかに豊かな生活を営めるのではないか」

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 「日本って男女の結婚距離が長いのではないか。東京の人と北海道の人が平気で結婚する。ヨーロッパではせいぜい100km以内の出身者同士が結婚するのだ、という人がいる。そうしないと生活風土がお互いに合わないのではないか」
 するとNさんが「そうなんですよ、私は北海道で妻が東京なんですけど、今の時期が一番喧嘩が多いんですよ。私は暑いからエアコンを入れて、というけど嫁さんは『そんなのいらないわ』と言って喧嘩になるんですよ」とか。へー。

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 「北イタリアの料理人は北イタリアにシンパシーを感じているので、南イタリアにどんなチーズや食材があるのかを余り知らない、という。日本人はどこに住んでいても日本中の名物や美味いものを珍重するね」

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 「…そういう意味ではスローライフというのは、都市が縮小して行くときにそれをスムースに受け入れるための予備的な思想かも知れませんよね。スローというキーワードでものが売れたりする経済拡大路線とは対角にある思想なんですよね、きっと…」


【そんなわけで】
 …ってな話ばかりしていて、全然創発ではないのだけれど、打ち合わせは12時終了。それからちょっとだけ飲みに行って、終わったのは2時でした。それから神田駅近くの宿へ向かって、寝たのは2時半。

 明日は朝から議会なので6時起きで新幹線に乗らなくては。うーむ。



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こままさ