| 2004年06月09日(水) |
040609_公共事業の噂と真実 |
【東海助役会会議】 中部地方にいる国土交通省から派遣の助役さんたちに集まってもらい、情報交換会議を行った。
中部地方には、掛川を始め、岐阜市、静岡市、豊田市など7人の助役がいるのだが、この4月の人事異動で新しく助役に就任した方などは初めての顔合わせになる。 とにかくこういう形で、いつかどこかで一緒だった、という事実は今後のネットワークづくりに多大な影響を与えるので、大事にしたいものである。
会議の中で改めて、三位一体改革の方向性に関連して、公共事業への言われ無き批判について意見交換をした。
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曰く、「無駄な公共事業によって財政が破綻し、国債残高の膨張が後世に大きなツケを残した。財政再建のためには公共事業を減らすべきである」というのは大いなる誤解である、というもの。
それは、1994〜1998年の五カ年の公債発行を見てみると、建設公債が66.4兆円と特例公債(いわゆる赤字国債)が45.4兆円だったのに対して、1999年から2003年度の五ヶ年には、建設公債が48.9兆円と下がっているのに対して特例公債が122.9兆円と約3倍に増えているのだ。
国の財政支出が増えたのは明らかに福祉関係の予算が増えたためだし、補助金を削減してもその分は交付されない、というのが原則のはずで、その財源を地方に回すにしても、原資を建設国債で借りてただ地方に配るというのでは道理が通らないから、補助金を削減すると言うことは地方に行くお金はないと言うことと同じなのだ。
おまけに、道路事業などは道路特定財源があってガソリン税で道路建設の費用はまかなえているのだから、道路整備量を削減するというのは本来行えるはずの事業を行わずに余してしまうということで、余っても道路整備のための財源だから他には使えませんわな。だからこれも道理に合わない。
平成16年度予算でも補助金の縮減分は地方には全く回っていないのであって、このままの三位一体改革という改革では地方に回るお金はいよいよ先細りになるのは明らかだ。
地方自治体は補助金があると、たとえば二分の一の補助金だと、500万円の市の予算があれば倍の1000万円の事業が出来る、と考える。ここで補助金がなければ出来る事業は500万円のままである。これがどんどん進むと、市の自らの予算だけの事業となってしまって、市内の単独事業だけでは整備も進まないだろうし建設業界も仕事が無くなってしまうということになる。
少子高齢化に伴って必要なものが福祉だとしたら、それは福祉の方面で考えるのが妥当なのであって、介護保健のような保険制度でも良いし、世代を超えてでも「恩恵を被る人」による負担というのが原則ではないのか。
趣旨が違う形で集めたお金を他に使うというのは、一見簡単に物事を済ませる方便に聞こえるが、具体的にぎりぎりと詰めて行くと、結構無理があるのだと思うよ。
マスコミが一方的に流す公共事業悪玉論も問題だし、政府の中でも意見の衝突があるのだ。投資経費を削減すればこのことは巡り巡って税財源の縮小という形で跳ね返ってくるから、ますます支出を抑制→税源縮小→…という悪循環に陥る。
では拡大すればよいか、というとその失敗をしたのが90年代だから難しいとも言えるがその反動がこういう形での縮小だとすれば、これまた行き過ぎの感がある。
何事も中庸が大事なのであって、激変によって技術や労働力などの資源も根こそぎ失ってしまってはこれまたいざというときに取り返しがつかない。
減反減反で田んぼが水も張らずに草ぼうぼうになっているのをよく見かけるが、一度あの状態になると、「では今年はお米を作りましょう」と思っても雑草がひどくてお米にならない。「草を生やすと三年たたる」と言われる所以である。
田んぼという資源を面積だけで考えるとそうなる。世の中には見えない資源がいっぱいあるのだ。そういう関係性を激変の中で壊すことには慎重でなければならないと思うよ。
明日は午後に東京です。創発でまた人脈を開拓してきます。
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