掛川奮闘記

2004年04月11日(日) 040411_南から北へ、西から中央へ

【選挙応援in御前崎市】
 御前崎市が4月1日に誕生して10日が経った。いよいよ市長選の選挙告示と言うことで、某候補の立候補決起集会の応援に行く。

 今回の御前崎市長選は、合併した浜岡町長と浜岡町の市議会議長が立候補するという激烈な選挙戦となる模様だ。前浜岡町長の本間氏は年齢こそ上だが原発を抱える町としてこれまで政治手腕を発揮してきたその実績を前面に押し出して戦おうとしているし、方や市議会議長の石原氏は若さと世代交代を前面に出して戦っている。しかし情勢は全く混沌としていて、全く予想がつかないほどの激戦である。

 決起集会には約400〜500人ほども支援の人だかりができており、またテレビ局各社もカメラを構えて出陣式風景を撮影している。
 
 汗ばむほどに明るい春の陽射しの中での選挙戦である。市町村合併がたくさん行われる来年はさぞ日本中で首長選挙の嵐になることだろう。

 それにしても、こういう選挙応援というのはどうしてこんなにもお年寄りが多いのだろうか。働き盛りはとてもこういう集会には来ないものだというのが日本の政治の現状なのかも知れないなあ。日本が年寄りの国になるはずである。


【ならここ桜祭り〜造形の森作品展】
 選挙出陣式の次は掛川の北のはずれ、原泉地区での桜祭りを見に行く。今年の桜は、開花こそ早かったものの開花後の寒波の襲来で実際に花を咲かせるのは平年並みになった。また、花散らしの嵐が来ることもなく、とっくに散っているだろうという4月11日まで桜がもったのだった。桜祭りの関係者もほっとしていることだろう。

 桜祭りは今日一日限りなので関係者はいつも冷や冷やものだと思うが、今日に限っては快晴で、最高の一日となった。桜祭りの会場ではフリーマーケットも行われていて、桜の下では家族連れが思い思いにお弁当を食べたり焼き肉などをして楽しんでいる。のどかな一日だ。

 会場を練り歩いているうちに、地元の知人の皆さんを見つけて声を掛ける。「助役、飲んできな!」
 「申し訳ない、それこそ次に講演があるもんで」

 「なんだよー、今度はお迎えつきで呼ぶかんね」
 「ごめんねー、次は飲む格好をしてくるから」 そんな会話をしながらやまべの塩焼きを一匹頬張る。粗塩がきいていてうまいわ。

    ※    ※    ※    ※

 そこを離れて歩いていたら、今度は合併の相手である大須賀町の女性のSさんに会った。この方は今、郷土新聞の「窓」欄を担当している、私を含めて四人の執筆者の一人なのである。

 「あれれ、南のはずれから北のはずれに来ているんですか」
 「そうよー、味噌と塩とにがりを売っているから後で来て下さいよ」

 このSさんは元役場の職員だったのが、町の特産品を作ろうと塩づくりを始めて、いまでは「遠州沖ちゃん塩」として有名になりつつある商品を開発した方である。

 そう言われては寄らずばなるまい、ということで売り場を訪ねて味噌一袋を買ったら塩一パックをサービスでつけてくれた。かつての牧伸二の「バーゲンだよ〜」のように、買ったものよりおまけが多いようだ。

 売り場には大須賀町から数名の女性も参加していて、オレンジのエプロンがユニフォームである。全員で写真を撮りました。これも記念になるね。わざわざ桜祭りに花を添えて下さって、ありがとうございました。

【新名所〜造形の森作品展示】
 ちょうどこの日は、「ならここの里」の自然体験館で木の創作作品の常設展が開かれる記念式典が行われていた。

 木の造形作品とは、静岡大学の杉山明博教授が制作をして、朝日新聞がこの作品群を全国で移動展覧会として展示していたものを、今般掛川に寄付して下さると言うことになり、「木の作品」ということならば、ということで森の都「ならここの里」にある自然体験館をそのまま作品展示館にしたものである。

 木の創作といっても実際に手で触れたり遊んだりすることが出来るおもちゃが15種類もあって、子供たちはじっさいにそれらに触ることが出来るとあって夢中で部品と格闘をしていた。

 いまのところは、日曜日だけの開館ということでやってみるようだが、人気が出れば開館日を増やすこともあり得るとか。まずはたくさんの方がこの作品に触れてみて欲しいものである。

 
【本郷西地区研修会】
 ならここを離れて午後は、本郷西地区での市政についての講演。今回は区の役員さんを中心に集めました、ということだったが、約30人ほどの皆さんの前で市政の課題などについてお話をしました。

 最後に会場から質問があって、「合併して南へと意識が集中するかも知れませんが、私たちの様なところもある、ということを頭の片隅に置いておいて下さい」という願いが出された。

 できるだけこういうところの皆さんと今後もお話をしたいものです。今度は蕎麦でね。


【バレーボール連盟設立50周年】
 市内の掛川バレーボール連盟が創立50周年を迎えることとなり、会場となったホテルで行われたレセプションに市長と共に出席をする。

 市長からは就任当初の体育館建設の苦労話が披露され、当時の文部省に小学校の体育館建設について「クラブハウスを併設して地域への開放もしなければならない」ということを説いて回り、「なるほど、それならやっていただきましょう」ということで補助がついたときに、実は文部省のお役人たちは、「生涯学習都市なのだから、体育館は古いものを建て替えるのだろう」と思っていたらしいのだが、どっこい、やっと小学校に体育館ができるということなのだと知って、驚いたという。
 掛川はちょっと前まではそんな貧乏暮らしの町だったのですな。

 もっとも、私も中学時代に一時期バレーボールクラブに参加していたが、30年前の中学校のバレー部は外でクラブ活動をしていたものだ。雨が降れば校舎の中でランニングをしたりうさぎ跳びをしたりして体力をつけ、晴れれば外のコートでレシーブやスパイクの練習をしたのである。

 当時はそれが当たり前だったのだが、今ではバレーボールは体育館の中のスポーツになってしまい、「館内の温度は何℃でなくてはならない」などという基準まで出来るようになったという。うーん、隔世の感がありますなあ。

    ※    ※    ※    ※

 ここでも知人に会って意気投合し、「次へ行きましょう」とはしご酒。いろいろな裏話を聞かされて、また掛川のことについて目からウロコが落ちました。

 まだまだ会っていない人も多いものです。バレーボールもやりたくなってきたなあ。




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こままさ