掛川奮闘記

2004年04月01日(木) 040401_ファイナルカウントダウン

【辞令交付式】
 いつもながらの毎年新年度初めの儀式は辞令交付式である。割と広い会議室に一杯の職員を集めて辞令交付式が行われる。

 部課長は一人ずつ手渡されるが、係長以下は呼ばれた後に代表者が辞令を受け取ることになる。気持ちが新たになる瞬間である。

 今年の新入生は看護師を含めて34人である。採用の辞令を受け取った後は幹部職員との対面式。幹部職員だって数十人はいるので、お互いに自己紹介をしても名前を覚えられるわけではない。しかし、およそ最初の顔合わせである。

 顔合わせの後は、課長がそれぞれの課に配属になった職員を執務室に連れて行った。頑張れ新人、掛川のこれからは君たちの努力にかかっているのだー。明日の心だー。

【市制施行50周年、生涯学習25周年記念式典】
 辞令交付の後は今年度のメインイベントの一つが初日から訪れる。午後一番からは市制施行50周年ならびに生涯学習25周年記念式典が行われるのだ。

 正しくは昭和29年3月31日が市制施行日なのだが、これまでの周年記念は4月1日に行っていたらしい。そんなこんなで、今日この日に市制施行50周年記念日であるのだが、実は25年前のこの日は全国で初の「生涯学習都市宣言」が行われたのである。

 そこで今日の記念式典は市制施行50周年と生涯学習25周年を兼ねた記念式典としたのである。

 合併を一年後に控えてぎりぎり最後の年に節目である50周年記念を迎えることが出来た。まずはおめでたいことである。

    ※    ※    ※    ※

 式典の始まりは映像フラッシュで50周年を駆け足で振り返るビデオショウ。普通ならば電子紙芝居で終わるところだが、掛川の場合は朝日新聞の論説委員で天声人語を10年に亘って執筆し続けた辰濃和男さんがわざわざ市の50周年記念誌のために書き下ろして下さった文章を自ら朗読して下さるシーンから始まった。

 話題は辰濃さん自身が小夜の中山の峠道を歩いてみたシーンで始まり、この峠を西行が越えたのが69歳の時で、その命のほとばしりが西行をして「年たけて また来ゆべしと思いきや 命なりけり さやの中山」という歌を詠ませたのだろう、ということ。

 掛川には魅力がある、と最大級の賛辞を述べて下さった。ありがたいことである。

 続いては50周年を一年ごとにスライドとキャプションで紹介するスライドショウ。BGMはエヴリシング・バット・ザ・ガールの曲である。
 市長指示は職員でなんとかせい、ということだったらしいが、とても手に余してプロのKさんにお願いをした作品なのだという。

 このKさんは、私のホームページを作って下さっている方なのだが、この10分間のスライドショウを作るために、四日間も徹夜をしたそうである。こういうプロの技にはきちんと対価を支払うべきだと思いました。やはり素人の作品ではない。プロの技を感じました。 

    ※    ※    ※    ※

 今日の私の役回りは開式の言葉を述べることである。こういう場面に少しは慣れてきたつもりではあったが、さすがに少し緊張をして、カンニングペーパーを持参しての開式の言葉となった。自由にお話をする場面でないというのはやはり緊張するものだ。

 記念式典へは、普通は市町村のこの手の周年記念式典にはほとんど出たことがない、という石川静岡県知事もご参加下さり、祝辞を頂戴した。
 曰く「合併を控えて、市長から『掛川もなくなるから来て欲しい』と言われ、それじゃあ仕方がないなあ、と思いつつ参加を決めたら、何のことはない、新市の名前も掛川市になる、というのでだまされた感じです」と会場を笑わせた。

 式典では市政に貢献のあった人たちに対する表彰式もあり、特別有功賞が、先般勲二等を受けられた草賀元県議と宮城まり子さんに贈られた。

 その他にも私財寄付や学術、芸術、市政などの各分野に貢献のあった方たちにそれぞれ有功賞や感謝状が贈られた。ありがとうございました。
 
    ※    ※    ※    ※

 式典終了後には20年前に埋めたタイムカプセルの掘り起こしというアトラクションもあった。20年前というと二昔ということになるだろうが、今と余り変わらない時代のような気がしたなあ。

 やはり埋めた人が生きているような時代に掘り起こすべきではないのかも知れない。新生掛川市になった初年度に埋めて、50周年記念の時に掘り返すくらいが丁度良いかも知れないな。

【歓送迎会】
 今年も課の歓送迎会は4月1日。この日をはずすと出来なくなってしまうのだ。

 課からは課長と室長がそれぞれ昇格して部長、課長として課を去られることになり、同時に新任の課長、室長を迎えることになった。気持ちも新たにして頑張って欲しいものであります。

 若手として新規採用の女性職員も一人配属となった。アメリカのオレゴン州に二年間留学していたと言うことで英語はペラペラとのこと。外国語を話すのが当たり前の職員が増えるというのは心強いものである。

    ※    ※    ※    ※

 二次会へなだれ込んでさらに盛り上がったが、M君、ズボンを脱ぐのだけは勘弁してくれ!品位が下がる。もっとも本人が覚えているかが問題だがね。 



 多分掛川で最後の一年となる年度の始まりである。合併の日が4月1日に変更になるのではないか、という予想があるけれど、いずれにしても私はあと一年の身分だろう。

 ここから先は二度と見ることの出来ない日々が過ぎ去って行くのみである。来年の掛川の4月1日を見ることはもうないだろう。
 ファイナルカウントダウンの始まりである。さて、息を止めて突っ走るとしますか。
 

 


 < 過去  INDEX  未来 >


こままさ