| 2004年03月20日(土) |
040320_1グラムの憂鬱 |
【イメージトレーニング】 全く何もしない一日で行こうと決めて、家の中のかたづけなどをする。
何となく家の中が雑然としていて、なかなか片づけられずにいたのである。それ以外にしたことといえば…、蕎麦打ちだけ。
一週間食べていないと寂しくなるし、打てば打つほど見えてくるものもある。イメージトレーニングをさんざんやって、手を動かしてみる。手の技はこの連続だと思うのだが、うまくいかないことも多い。 たかが蕎麦打ちだけれど、毎回発見があるものだ。
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今度いつか、蕎麦イベントとして奇抜なものをやろうとアイディアを練っている。一つ目は「特盛りイベント」。一人前が蕎麦三枚〜四枚の特別盛りを提供するというもの。しかもお値段はそのままだから、蕎麦好きにはたまらないはず。 「大盛りは売れる!」これでいこう。
次が「辛い」イベント。蕎麦で辛いと言えば、辛み大根を使ったものがよい。信州の戸倉上山田温泉には「おしぼりうどん」という名物料理があって、これは辛み大根という特に辛い大根を摺り下ろして身を濾した汁に、味噌を入れて、釜ゆでのあつあつうどんをつけて食べるというものである。
辛さにもいろいろな種類があるが、大根下ろしの辛さはまた格別で、気持ちが萎えるようないやな辛さだと思う。このうどんも一口食べたときには「なんでまたこれを注文してしまったのか…」と後悔するのだが、二口、三口と食べ進む内にこれが快感に変わり、食べ終わったときには「うまかった〜」という風になるものなのだ。
つまり、「辛い」はビジネスになる、ということである。たっぷりの辛み大根を蕎麦に絡ませるというのは、蕎麦の味をそこなうかもしれないが、たまには良いのではなかろうか。
それと、なんと言っても辛いと言えば「カレー南蛮蕎麦」を忘れてもらっては困る。かけ蕎麦の汁にカレー粉と薄力粉と片栗粉をミックスして溶かしたものを混ぜ合わせて、蕎麦の汁としたものだが、これがまた止められない。 おまけに、このカレー粉の分量を変えれば、辛さの調整も自在。そういえばかつて辛いカレーブームが起きたことがあって、「辛さ1倍」から「3倍」、「5倍」、「10倍」などという風に辛さがアップしていったことを思い出した。 ああいったブームというものが一体どこから来てどこへ行くのかは知らないが、確かにそういうものに踊った時期があった。やはり辛いのは商売になるのだ。
さて、これで辛い蕎麦の仕掛けもできた。今年の春から夏には是非とも市民相手に蕎麦打ちイベントをしてみたいとおもいますぞ。乞うご期待。
【1グラムの憂鬱】 そんなことをつらつら思いながら蕎麦を打つ。たまには美味しい蕎麦を食べてみたいのだが、自分で作ればなんと安く済むものか。
おまけに、粉から始めても500g位だったら30分もあればできあがる。汁は冷凍して保存してあるので、茹でれば最高級の蕎麦が手軽に楽しめるというものだ。うーん、幸せ。
ところで、数ヶ月前にデジタルの秤を買ったのだが、これが実に優れものなのである。2kgまで計れるのだが1kgまでは1g単位、1kg以上2kgまでは2g単位で重さが出るという高性能のものなのだ。現代社会のありがたみを感じるなあ。
ところがこの秤で蕎麦粉400gとつなぎの小麦粉100gを計ろうとすると、どうしても最後の1グラムが気になるのである。
今までのバネ秤であれば、「蕎麦粉がほぼ400g」に「小麦粉がほぼ100g」で合わせて「ほぼ500gでほぼ二八の蕎麦」ということで済んだものが、1グラムまで出ることで返って気になってしまい、「399gの蕎麦粉」が許せないのだ。
またそういうときに限って袋を一振りすると401グラムになったりするから始末が悪い。笑い話のようだが、この最後の1グラムが異常に気になるのはなぜだろう。
粉に混ぜる水だって、いままでの計量カップには10ml単位のメモリしかなかったものが、デジタル秤で計れば1ml単位の重さで計れてしまうのだ。そうなるとまた「水分量が43%だと水は215gですよ」と最後の1mlに神経を使うようになるのだ。
最後の仕上げを直感で出来ないと、人間としての能力を著しくそぐことになりかねない。それはまさに道具の発達が人間としての能力を外部化していることに他ならないのである。
考えてみるとなかなか恐ろしいことだ。
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ところで、蕎麦粉に混ぜる水の量を秤で計って出していたら、ある時弟子の一人がソバつゆを混ぜ合わせるときに、だし汁やら返しなども秤で計ろうとしていた。 「おいおい、それはだめだろう」と言っても、きょとんとして、「え?どうしてですか?」と聞き返してきた。
出汁や返しは分量を重さで計ってはいけない理由が分かりますか?
ふふん、答えは明日の奮闘記でお教えいたしましょう。こうやってクイズを出して答えは次回、という風にすれば必ず奮闘記を読まなくてはならなくなって、カウンターが上がるだろうか。
なかなか良いアイディアだ。そのうち懸賞も出たりするかも。ふーむ、ちょっと脱線しすぎたようだ(^-^;)。
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