| 2004年03月19日(金) |
040319_芸術感のお話 |
【スローライフNPOの準備】 掛川のスローライフ運動を下支えするNPOをつくる準備を進めているのだが、なかなか本気にならずにずるずると日が過ぎて行く。このままではいかん、と思い関係者を集めて、さらに書類の作成に関する打ち合わせをした。
最近一念発起して、助役室のうずたかく積もった書類を徹底的に処分したので、だいぶ綺麗になった。これなら私の部屋で打ち合わせも出来るというものだ。
忙しい中、一緒にやろうと言って下さっている二人と、関係する市役所職員の何人かに集まってもらって、申請書類を具体的に詰めていった。
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申請そのもののための書類は、県から「NPOの手引き」という、大変参考になる資料をもらってあって、なかには様式も揃っているから、独自の内容さえ決めればあとは機械的に書類を整えるのは簡単そうだ。
問題は、このNPOが何を行い、どういう人たちで支え、年間活動と資金計画をどうするか、ということの詰めであって、こういうことは当たり前だが様式のなかには書かれていない。もっとも、市役所にいると言うことは、先例のNPOの人たちがどういう書類を作ったかということを参考にするのには便利で、すぐに教えてくれる。
先輩NPOの書き方を参考にしながら、「あ、この程度でいいんだ」とかなんとか言いながら書類を作成して行く。
まずこのNPOをどういう名前にするか、ということで議論になる。いろんな意見が出たが、結局分かりやすく、シンプルなものが良いのではないか、ということで、「NPOスローライフ掛川」というものでどうだろうか、ということになった。
NPOの目的は、スローライフの普及啓発で、社会全体の福利を向上すること…、といった風にしてある。「『スローライフ』って曖昧じゃないですかねえ」といった声もあったが、「スローライフをあまり具体的に言い出すと、限定されすぎてしまうので、この表現のままスローライフを感じる活動を行ったり支援したりしよう」ということで意見が一致した。
定款を作る作業は前回にかなり詰めたので、名前が決まればあとはそれほど大変ではない。
次には事業計画と予算計画である。これは指導では二年間分を作れ、ということになっているらしい。一年は何とかなるが継続する計画が作れているかどうかがポイントだ、ということなのだろう。
一応このNPOの母体となった実行委員会は、昨年市や街中の会社から半分ほど補助をもらいながらも、自分たちでバンダナを売ったりしてスローライフ月間というイベントを成し遂げたので、それを一つのベースにしつつ、市民同士のネットワークの仲介をしようというものである。
それにしても、事務所を借りたり電話を引いたり、電気代もかかるだろうということで、最低の諸掛かりを計上しつつ、なんとか期待できる収入からそれらを引いた残りで事業を行うということにしなくてはならない。
法人としての予算的な体力があればやりたいことはたくさんあるのだが、なにしろ市から幾ばくかの委託や補助が期待できたにしても、印刷物を大量に発行するなどということは、安定的な収入が増えないことには出来るものではない。
まずはホームページによる情報収集と情報発信がメインであり、さらには11月をターゲットにしたスローライフイベントの集中実施、ということになるだろう。
それらであれば、なんとか年間二百万円くらいでやれそうだ。さてさて、今年もバンダナを売りますか。市民の皆さん、今年もご支援をよろしくお願いします。
【ひかりのオブジェの反省会という名の飲み会】 夜には、この冬に駅からお城までの通りで行われた、夜の明かりイベントである、「掛川ひかりのオブジェ展」の関係者による反省会に招かれて、参加する。
このイベントは、冬の街中の夜は寂しいので、明かりによるイベントを行おうと言うことで市民有志が集まって、12月と1月にかけての二ヶ月間に亘り、明かりを使った展示物を募集して飾っていたものである。
今年でこれが第四回になるのだが、今年からは、相変わらずデザインイルミネーションを募集してコンテストする、ということも行うのだが、さらに実行委員会が木とアクリル板で行灯(あんどん)を作り、これに名前を入れることで通りのお店に資金協力もしてもらって、光の量を充実させようという初めての試みが行われた。
そのためイベント名称も、これまでの「デザインイルミネーション大会」から「ひかりのオブジェ展」と変えたものである。
行灯も試作品をいくつも作って、丈夫で見栄えが良くてお値段もそこそこ、というものに落ち着いた。もっとも実際の作成に当たっては、市内の建具屋さんが意気に感じて下さって、考えられないような低価格でのご奉仕をしていただいたものである。
街なかを良くするために、関心を持つ人たちが自分の技を持ち寄ると言うことは素晴らしいことである。
神戸のルミナリエなどに代表されるような、とにかく明るくて豪華で華やかなイルミネーションイベントは数多くあるが、この掛川のイベントは飾るものが行灯で、中の電球も50wという小さなものなので、数十個並べてもとにかく暗い。
「暗くて寂しいじゃないか」という声も最初にあったが、実行委員会としては「明るいのはどこにでもあって、その路線を後からついて行ったのでは永久に追いつくことは出来ない。だからそれらとは違う方向に進むことにした」というもので、ある意味では逆転の発想とも言える。
だからキーワードは、「いえいえ、この暗さがいいんです」ということになるのだろう。暗い明かりを誇るイベント言うものはそうはないだろう。大都市には逆に暗いところがないくらいだから、是非ともそういう方にこの侘びさびを味わって欲しいものである。
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飲み会は市内の小料理屋の二階で行われて、関係者が十数人集まった。みな手弁当でこのイベントの趣旨に賛同している人ばかりである。
今回の行灯設置はなにしろ初めてだったので、どういう形で道路に固定するか、というあたりでは試行錯誤が繰り返された。掛川のプロジェクトXと言えなくもない。
参加者の一人が新聞記事の切り抜きをもってきてくれて、そこには、周辺の町のイベントで、「明かりを使ったオブジェも出品展示され、これらは掛川の光のオブジェ展で大賞を取った作品である…」という紹介文になっているのだそうだ。
「皆さーん、このオブジェ展で入賞することは他のイベントでも箔がつく、ということになりつつありますよ。次も頑張りましょう」という紹介に、ヤンヤの喝采。
次回には私も出品したいものだが、そんな暇があるかなあ…。
【わが体験的芸術感】 実は私は、高校時代は工芸同好会会員として文化系クラブにいたのである。同好会時代は銅版を使った金工にいそしんだものだ。
実はわが高校には芸術の選択肢に「工芸」というものがあって、それを選択できたのである。私が一年生の時までは、引退間近の美術の先生が片手間にやっていたようなものだったが、二年生の時に芸術家と呼ぶに相応しい技量を持った先生がやってきて工芸を受け持って下さったのである。
それに感動した学生数人が集まって、「工芸同好会をつくろう」ということになり、その初代メンバーの一人として参加し、残りの二年間をここで過ごしたのである。
二年生のときの課題が「銅版を使った照明を作る」という、まさにどこかで聞いたような課題だったのだが、私の場合はこれで中世の騎士の鎧兜をイメージした作品に仕上げて、この先生から評価された。
その後これは先生からの依頼で、卒業までの間、教師の玄関に飾るという栄誉を得たのだが、なんとある日これが盗難に遭う、という事件があった。
我が高校には定時制の部があって、定時制は教師用玄関を使って公社に出入りしていたことがあって、「そういうことなのかな」と思ったりもしたのだが、私としては落胆すると言うよりも、「人が自分の作品を『欲しい』と思ってくれたんだ」ということが帰って嬉しかったものである。
先生は大層恐縮して、「もう一つ作りませんか」と半分はお詫びに材料提供を申し入れてくれて、それが結局は三年時の作品課題になったようなものだった。一号機では材料の分量が限定されていたために、自分自身思いを果たしきれなかった部分を、二号機では改善して、より豪華なものが出来た。
このときの作品は「将来家を建てたら玄関に飾る」ということを夢見ていたのだが、引っ越しの際にどこかの箱に詰めたのが分からなくなって、自宅の方が先に出来てしまい、玄関が寂しかったのだが、新築後間もない頃に実家を尋ねた際に偶然押入から見つかって、今は晴れて札幌の自宅の玄関に飾られているのである。これも何か目に見えない力が働いたような気がしていて、不思議な感じがしている。
そんなことがあったために、「ものづくりや芸術は良い」、という思いはずっと持ち続けていて、いつか再び始めたいと思っているのだが、蕎麦打ちの方が楽しいらしく、こちらはなかなか実行に移す機会もないものだ。 でもやはり、ものを作る、ということは素晴らしいことだ。
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そんなことから、私の物作りの一つの基準は「人様から『欲しい』と思われるかどうかだ」ということになっている。
今までだれもしたことのない発想をすることがなにやら芸術的だ、と思われがちだが、原点は「欲しいかどうか」ということもあるように思われる。
「盗んででも欲しい」 そう思った人に今は半分は感謝をしている。そういう機会がなければ、ものを作ることや芸術と言うことをそれほど真剣には考えなかったのかも知れないからだ。 そんなことを考えると、心のどこかが甘酸っぱくなるのは、青春時代の思い出だからなのだろうけれど。
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これも十分郷土新聞の「窓」の連載に使えそうなネタでしたね。
「工芸との出会い」かあ、これも書けば良かったかなあ,とも思うけれど、「窓」の方は文字数が850文字くらいに限定されているので思いっきり書くことが出来ないんですよね。文字数を気にせずかけると言うことは素晴らしいことだ。寝る間際に書いた割には、内容の濃い文章だったなあ、と自画自賛して今日は寝る。 今は(深夜の)2時15分です。ふぁ〜。
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