| 2004年03月18日(木) |
040318_共同摘採ということの意味 |
【新しい茶工場の竣工式】 市内西部の山奥で、新しい製茶工場が完成した。いろいろな経緯があった中で、国と県の補助を受けて、最新式の製茶機械が導入されてより効率的な荒茶が生産されることだろう。
荒茶とは、生葉を蒸して揉んで、それだけでも飲めるまで加工をしたお茶のことである。一般的には茶商と呼ばれるお店がこれらの荒茶を仕入れて、これをさらに加工選別して店独自のオリジナリティを加えて販売をするのだが、それまでの状態を荒茶と呼ぶのである。もちろんこれでも十分飲めるのだが。
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さて、掛川ではなにしろお茶が基幹作物であることから、茶工場の再編ということを平成元年から進めている。今日の茶工場で、市内では7カ所目の茶工場となる。
今回の茶工場で特記すべき事は、この茶工場が市内では初の有限会社の形態を取っていることである。そして、関連する農家が集まって茶畑を共同摘採することになっている。
共同摘採とは、みんなの茶畑をみんなで刈るということである。今までの形態では、自分の茶畑を自分で刈って取れた生葉を工場へもって行く、というのが常識である。しかしこれでは一軒一軒がそれぞれ機械を買うことになり、特に乗用茶刈り機などを買おうと思うと、それぞれの投資も大きなものとなる。
また家族による農業では、夫婦の片方が動けなくなったり亡くなったりするとたちまち畑が荒れてしまうということを防ぐことも出来なかった。そこで、地域全体の茶畑を地域全体で管理すると言うことにすれば、機会も少なくて済むし、なにしろ誰かが欠けても地域の茶畑が荒れることはないのだ。
農協の幹部も、「このことが、この工場で一番注目される点です。この試みこそが農地の荒廃を防ぐ唯一現実的な方法なのではないか、と思うんです」と力説。「こうやって農地を効率的に経営することで、他県の田んぼなどでも、自分が営農できなくてお隣さんに貸すと、反あたり一万円にしかならないのが、ここと同じように共同営農をすることで、投資が抑制できて反あたり4万円にもなるような事例だってあるんです」
農業を担っているのがお年寄りばかりになり、個人農家が農業をできなくなると、農地は荒廃して行く。それも農地が個人のものではまだらに荒廃して行く。もはやこういう形でしか農地は守られないのかも知れないし、こういう形であれば全員で農地を守ると言うことができるかもしれない。
この英断に心から敬意を表したいし、これからの発展を祈るばかりである。
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有限会社の社長からは、「製茶工場というよりも、食品工場という意識で良いお茶を作りたい」という抱負が述べられた。
来賓挨拶に立った茶商さんからは、「お茶の中でも特に中山間地域のお茶は香気があって味も良いとして、こういうお茶を求める消費者も増えている」とエールが送られた。
また同時に「ISOと、JASの認定有機農産物加工場の指定を取った方がよい。その方が値段が上がる」というアドバイスもあった。
農家と農地と農業というものが一つではなく、それぞれが少しずつ離れてきた今日、いつまでも過ぎた昔の姿を懐かしむだけではなく、積極的にこれからの姿に変える試みが多くなされなくてはなるまい。
この茶工場がそんな姿の一端を示してくれている。農業も面白い。
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