掛川奮闘記

2004年03月06日(土) 040306_桜咲く

【桜咲く】
 娘からのメールに、「『桜咲く』ってメールを友人に送ったら、『札幌でもう桜ですか!?』というのが何通か返ってきました。この表現は古いんですか。そうですか」とありました。

 私事ですが、娘が大学に合格しました。多くの皆さんにご支援をいただいた結果です。皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。

 大学は旭川なので、なんと掛川、札幌、旭川と竈が三つになりますが、いたしかたありますまい。いずれにしても、結果が一つ出ました。娘よ、よく頑張りました。おめでとう。

【地域での蕎麦打ち会】
 日頃お付き合いのある、市内のSさんに招かれてある地区へ蕎麦打ちに行きました。若手に声を掛けたところ、4人の応援も得られました。

 地区からは7人の女性陣も参加して、一緒に蕎麦を打ちました。まずは私が一度打って見せて、それから皆さんに少しずつ参加してもらいました。始めはおそるおそるでしたが、好奇心あふれる方ばかりで代わる代わる各工程に参加してくれました。

 若手も思い思いに今までの蕎麦打ちの成果を発揮して、逐一教えなくても今日はそこそこには打てました。これが自信につながってくれると良いと思います。この会の新顔のTさんも初登場ながらなかなかのもの。どんどん大きな玉で打って経験を深めてください。

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 てっきり今日の昼飯は蕎麦食べ放題だと思ったのだが、招いてくれたSさんらが我々を気遣ってくれて、炊き込みご飯やらちょっとしたおかずを作ってくれたり持ち寄ってくださって、豪華な昼食会になりました。

 全員で14〜5人になったのだが、蕎麦をどう振る舞うかで迷ったあげくに、全員が揃って食べられるように全員の分を少しずつ茹でて揃えることにしましたが、これが失敗だった。

 やはり蕎麦は茹でたてでなくてはだめでした。挨拶やら何やらをして「いただきまーす」と全員が食べ始めた頃には、肝腎の蕎麦は固まってしまっていたのである。皆さん「美味しい」と言ってはいたものの、本当ならばもっと美味しく食べてもらうことも出来たはず、と反省するばかり。

 やはり自分の主張を貫くべきであった。蕎麦に関しては、遠慮は禁物なのだ。反省、反省。

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 そして会が終わった後で、我が家で若手二人と反省会。
 「こういう形で、普通の市民の皆さんの輪の中に入り込んで、四方山話をすることの積み重ねこそ、本当のまちづくりなのではないか」という問いかけに二人は考え込んでいました。
 
 地域の人たちと一緒に何かをする上で、「蕎麦打ち」という技術は皆さんがある程度興味があったり、一度くらいはやってみたことがあるものの、道具もなくてなかなか身近な存在にならないものである。

 しかし誰か身近に教えてくれる人がいるならば是非ともやってみたいことの一つなのではないか。手を伸ばせば届きそうな興味の距離にあるのだと言える。

 これがたとえばスキューバダイビングやスカイダイビングだったりしたら、とても手が届かない世界なので興味も半減してしまうのだ。おまけに、実際に参加してみて最後には一緒に食べることが出来るので、印象も更に深くなる。

 こういう地域を渡り歩けるツールとしての蕎麦打ち技術をもう一度見直して、単なる趣味に終わらせずに地域の期待に応える人材になる道具として考え見てはどうだろう。地域の人たちと共に楽しんで笑いあうことを心底楽しいと思うような人材が多く出ることを心から望んでいる。

 市役所の仕事としての地域作りはそれでよい。しかし、市役所から降りてくる『上からの地域作り』と、市民からわき上がる『下からの地域作り』の他に、自分自身が地域に入って行くという、『真ん中からの地域作り』ということだってあるように思うのだ。

 私の修行は厳しいけれど、やってみないかね?

 
【先輩に会う】
 日中は蕎麦を打っていたのだが、夜は知人と一緒に、北大の先輩に会う約束。この先輩は北大も北大ならば、学部は農学部、おまけに学科は農学科というから、まさに正真正銘の先輩なのだ。

 北大では農学部農学科のことを「プロパー」と言い表していて、この意味は「本流」といったようなものである。つまり、「北大の本流は我が農学部農学科ですよ」ということを臆面もなく言っているのである。

 まさに北海道大学の前身が札幌農学校であって、その中にあって最も本流であったのが、食用作物や工芸作物を研究する我が学科だったのだから、そういう自負と誇りを持ったことは想像に難くない。

 さて、そんな我が農学科なのであるが、今日お会いしたS先輩は大学を昭和28年に卒業されて、農水省へ入省され以来全国を歩き回った上にようやっと悠々自適の身となり掛川へ帰ってきたのである。

 大学の頃の話から、掛川の話、役人時代の話など楽しい話は尽きず、あっという間の三時間であった。「私は妻をだいぶ前に亡くして今は独り身だから、なにかあったらいつでも連絡してください」と実に気さくに声を掛けてくださった。

 ありがたきものは先輩諸氏である。先輩が築いた誇りを守るべく、後輩は後に続かなくてはならない。S先輩、今日はありがとうございました。 

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 さて、冒頭の「プロパー」であったはずの農学科は数年前の大学組織改編によって他の講座も加わって生物資源科学科となり、元々の形がなくなってしまった。もはやプロパーと呼ばれる学科はなくなったのだろう。

 卒業した学校が廃校になるということの一抹の寂しさが分かるような気がするのである。
 


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こままさ