掛川奮闘記

2004年02月15日(日) 040215_萩間に遊ぶ

【萩間地区お楽しみ会で蕎麦を打つ】
 朝から原泉の萩間地区へ向かう。この地区で昨年末に芋汁会に招かれた折に、「次は私が蕎麦を打ってごちそうに来ますよ」と交わした約束を果たすために訪れたのである。

 朝7時半に、蕎麦研事務局長のS君に迎えに来てもらい、のし板から蕎麦粉など道具一式を運ぶ。今日は掛け蕎麦で行こうと思っているので、出汁を16リットルも煮出しておいて、これをポリタンクで運ぶ。もちろん、醤油に砂糖とみりんを溶かした「返し」も持ち込んで、現地で汁を作るのだ。

 打つ道具から食べてもらう食材までを運び込むことは、要は蕎麦の出張出前みたいなものだが、「蕎麦を打って終わり」というのと、これを「美味しく食べてもらう」という事の間には相当な開きがあるもので、結構大変だ。

 「今日は50人くらい参加しますよ」ということなのだが、50人前の蕎麦と言えば結構大変だ。少しでも早く現地に到着して用意をしたいところだ。それいけ〜。

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 萩間の公民館には、釣りの準備をする地元の人たちがもう集まっていて、外でバーベキューをする準備をして下さっていた。

 こちらも早速蕎麦打ち道具を運び込んで、蕎麦を打つ準備をする。前回は男だけの芋汁会でだったのだが、今回は奥さんたちやお年寄りの皆さんも参加して下さって賑やかだ。

 そんなさなかに支援部隊としてF君とOさんが駆けつけてくれて仲間入り。ちょっとだけ心強いぜ。

 男の皆さんは、まずは釣り大会があってそちらに行ってしまった。残った奥さんたちで猪の肉と野菜を煮込んだシシ鍋を作ったり、蕎麦の汁をこしらえてもらっていたりしたのだが、そのうち暇になって、我々が蕎麦を打つところを見学していた。

 我々の方は、とにかく早く50人前目指して蕎麦を打たなくてはならないので、脇目もふらず打って打って打ちまくるという状態。

 私も1.5kgの玉を急いで二玉打ったが、その間を使って若手の育成にも努めなくてはならない。今日参加してくれた若手にも500gずつ打ってもらう。S君は5〜6回目だが、間隔を開けて打つのでまだ手順が体に染みついていないのが残念。

 逆にほぼ初めてというFとOの二人でも、ゆっくりやれば結構上手に打てるものだ。S君、うかうかしてはいられない。また、そんな様を珍しそうに見ている人が随分たくさんになってきて、緊張する。こういう緊張はなかなか得難い経験だ。  

【いよいよ宴会】
 昼頃にやっと蕎麦が打ち上がって、いよいよ地区の皆さんとともに宴会の始まり。このころには議長と副議長も駆けつけてくれて盛り上がる。また議員のYさんも駆けつけてくれた。

 お酒を一口飲んで、いよいよ蕎麦を茹で始める。実は蕎麦を茹でたりシシ鍋を作った大鍋もみんな地区の防災用品である。こういう防災用品は日頃から使い慣れておく必要があるだろう。こういうイベントは良い。

 蕎麦を茹でて掛け蕎麦で出す。どんどん茹でてどんどん出す。太さもまちまちだが、粉は最上級なので美味しい蕎麦が味わえたことだと思いますよ。

 「冷たい蕎麦が良いな」というリクエストにもお応えして、こういうこともあろうかと持参しただし汁に返しを加えて急遽、辛汁をつくりこれで冷たい蕎麦も楽しんでもらった。

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 一通り蕎麦を打ち終えたあとは、ひたすら飲みまくり。「掛川城」というお酒を冷やでがんがん飲みながら、地区の皆さんと懇親を深めました。

 「助役さん、原泉小学校の桜をみたかい?」
 「まだ見てないんですよ」

 「今年の春は見てよ」
 「きっと来ますよ」 また約束をしてしまいました。

 夕方四時過ぎに皆さんとサヨナラしましたが、こういう地域の会が頻繁に行われる地区は団結力がありますねえ。これが日本の原風景という感じが心底しましたよ。またいつかお会いいたしましょう。
  

 帰ってからはばったり倒れて夜まで眠ってしまいました。随分飲みましたわ。ほーんと。



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こままさ