掛川奮闘記

2004年02月13日(金) 040213_卓球の「愛ちゃん」来る

【茶室のクスノキ】
 茶室の奥に生えているクスノキが大きくて、日々葉を落とす度合いが激しいので管理を請け負ってくれている業者さんから「枝を剪定して詰めたい」という申し入れがあった。
 私も現場を見たが、問題のクスノキは確かに自然樹形が美しいので担当者としても判断に迷っていたようだ。 

 以前勤めていて下さった緑化専門の技官のSさんに電話でお伺いをしたところ、「以前そう言う話を聞かされましたが、私は葉は落ちるものだし、それを掃き集めるのが管理というものではないかとも思います。樹木そのものとしては切る必要は全くないのですが、管理の面でどうかと言われれば、それは植物の専門としての私の判断の域は超える問題ですね」というものだった。

 そこで、今度は「切りたい」という業者さんからも話を聞いた。

 「このクスノキは、数寄屋建築でこの茶室を設計して下さった中村先生と造園を担当して下さった龍居先生のお二人がそもそも切るべき、切るべきでない、と対立をされたんです。その時は切らないということで決着をされましたが、切るべきであるという意見にも一部の理がありました」

 「現実に管理をしてみますと、つくばいのところの真上に枝があって鳥の糞がつくばいの回りに落ちたりもいたします。樹冠そのものも建物の上に大きく被さっていて、枝も落ちますし、花の蘂(しべ)や実も暗渠排水を塞いだりしますので、これまたやっかいです」

 「一度切りつめて、そこからまた枝をコントロールしながら伸ばすという手法を取りたいと思います」という説明であった。

 単にお金がかさむから、という話であれば剪定しなくても良いのではないかと思ったが、ここまで管理面で負担になっているということでは、剪定するのもやむを得ないと思うのである。

 庭にある限り、植物も人間との関わりの中で生きて行かなくてはならない。最近は手入れをせずに伸び放題にすることを尊重するような風潮が幅を効かせているが、これは時と場合によるだろう。

 一段高いところから見てみて、正すべき事は正す姿勢を示さなくてはならない。教育も同じ事で、どっちへ伸びて行くか分からないから教育をするのであって、それは植物の剪定をするのと同じ事である。伸びる方向を考えながら、要らない枝を取り必要な枝は残すのである。

 教育における放任主義は教育者にとっての無責任である。そんな教育ならば素人だって出来る。
 「放っておくようで放っておかん。放っておかんようで放っておく」その微妙な呼吸を教育者にも求めたい。

 クスノキは適正に管理されることになるだろう。

【卓球の愛ちゃん、掛川へ来る】
 昨年10月にオープンした体育館「さんりーな」の開園記念イベントが半年かけて様々に行われるなかで、明日の日曜日に卓球の「愛ちゃん」こと福原愛選手をお招きしてのドリームマッチが行われるのである。

 そこで今夜は福原愛選手とそのスタッフ、さらに明日愛ちゃんと試合をすることになっている野平直孝選手の歓迎レセプションが市内のホテルで開かれた。

 野平選手はもちろん男性だが、こういった形でのイベントはそれなりにあるらしい。なにしろ「愛ちゃん」は昨年の世界選手権で8位、世界ランキングが30位にいる選手なので、そこいらの女性選手では試合にもならないからである。

 さて今回のこのイベントは、体育館開館記念と言うこともあるが、もう一つの意味は掛川卓球協会創立50周年記念事業と言うことになっている。
 本当のところは卓球協会としてはまだ34年なのだが、その前身で卓球連盟という時代があり、そのときから通算すると50周年になるのだそうである。

 愛ちゃんにはご両親も一緒についてきた。また中国からのトレーナーが二人同行しているのだ。愛ちゃんはトレーナーとの会話は中国語と日本語でするのだそうだ。国際派は年齢にかかわらず凄い。

 最後に握手してもらった写真を撮ってもらう。案外ミーハーな私。 


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こままさ