| 2004年01月17日(土) |
040117_ちょっとした差 |
【隠忍自重】 積み残しの奮闘記を書くのに、夕方の5時までかかってしまった。まったく情けない。
視察の報告は、データやパンフレットがあるので比較的楽なのだが、それでも結構考えながら書くので随分時間がかかってしまった。
なんだかんだで、講話のレジメづくりと原稿も溜まってきたので、余裕のあるうちにやっつけてやろうと思うのだが、余裕があるとそれはそれで効率が悪いのだ。
あと一日しかない、という方が素早く作業が出来るのは、あきらめもあるからに違いないのだが…。今日は一日大人しくしてました。
【SCの限界】 夕方に懐中時計の電池を交換してもらおうと、近くのショッピングセンターへ行ったのだが、二階の時計・宝石店で訊くと「一日預からせて頂きます」ときたもんだ。
そんなバカなこともあるまい、と思ってさらに近くの大型日用品店へ足を伸ばした。こちらでは「はい、できますよ」ということで、5分で電池交換をしてくれた。お値段は800円也。
現代日本では、こういうちょっとしたサービス水準の差がお店を選別して行くのだろう。サービスの悪いところへは客の足が伸びないので、時計の電池交換に関しては行く店は決まった。
そうするとそういう用事の際に店を訪ねて、「ついで買い」をするということもあるだろう。大規模SCや大型日用品店の強みはこの「ついで買い」も誘発することだ。
街中で帽子を買ったときに、お店のご主人が「昔は向かいの楽器屋さんに来た子供たちがついでにうちに寄ってくれたものですが、最近はそういう『ついで買い』がなくなりましたね。消費者も賢くなった、ということなんですかね」と言っていたのを思い出す。
SCなどどこも同じと思っていたが、こんな微妙なサービスの差が、まだまだあるということを知った。さて、街中の商店街、いや各個店の集合体はこういうニーズにどう応えるのだろうか。
※ ※ ※ ※
商店街とSCを比べると買い物をするのに歩く距離にも差がありそうだ。SCの方がコンパクトな商品陳列をしているのに対して、街中の商店街は店同士がどうしても遠くなってしまう。
店から店への移動が楽しくなければ、遠くへの移動は単に辛いだけだ。こういう移動を楽しくする工夫はないものか。 それも、一度作って長く置くだけのハードでは駄目だ。一度見ればもう飽きてしまうからである。
毎日来てもなにかが変わっている、というそんなソフトでの展開はないものかなあ。まさにこの私のホームページも、奮闘記を毎日更新しているのが唯一のウリなのであって、毎日、毎週なにかが変わる、という変化への楽しみに応えてくれないところはどうしても廃れてしまうのではないだろうか。
そのかわり、一度「毎日変えてやろう」などと始めると、これはこれで結構苦しいものだ。その地道な苦しみを続けて、マンネリを超える工夫と努力がなければ、道は開けないようにも思うのだが。
何かないものかねえ…。
【カレー蕎麦】 昼に更科蕎麦を打ってカレー南蛮にして食べたりしているから余計に時間もかかるというものだ。しかしこのカレー南蛮蕎麦が結構美味しいのである。
前回のレシピではとろみの量が多かったので、これを少なめにしての実験である。レシピはすべからく経験則なので、自分の納得がいかなければ、何度でも繰り返して自分自身の味を極めなくてはならない。
味としては美味しいのだが、とろみにダマを作ってみたり、とろみが思うようなイメージになかなかならない。小麦粉と片栗粉の微妙な関係なのだろう。
これから何回カレー蕎麦を食べることになるのやら。こういうときにこそ試食要因が必要だ。食べるだけの蕎麦研究会会員も募集する必要を改めて痛感した。
最近は若手に蕎麦の打ち方だけでなく、美味しく蕎麦を食べるレシピの指導までする羽目になってきた。こうなれば、とことんまでやってみるさ。
あ、思い出した。明日は佐久間町で蕎麦イベントがあるので参加することにしていたのだった。今夜も盛りそばだが、どうやら明日も昼は蕎麦になりそうだ。
まさに蕎麦三昧で、これはこれで結構幸せ。
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