| 2003年12月31日(水) |
031231_それでは良いお年を |
【年越し蕎麦を打つ】 親戚の求めに応じて、年越し蕎麦を打ちました。1.3kgの玉を二つ作って伸して切るという一連の作業ですが、粉は江丹別製のもの。
この粉は「一本挽き」と言って、粉を何回も篩うことなく一発で粉を製粉してしまう作り方をしているのである。そのため、粉の中心の固まりづらい部分も入っているためにこねる作業をするのが難しいのである。
そのため熱湯を使って湯ごねで打ってみた。一本挽きの粉は水気も食う傾向があって、普通の粉なら45%くらいの水分量でいけるところだが、この粉なら48%〜49%を必要とする。
粉の性質によってこね方も工夫をしなくてはならないのだ。いつも安定した粉を入手して安定した蕎麦作りをするという手もあるけれど、さまざまな条件のそば粉を悩みながら工夫して打つと言う経験は後々役に立つものだ。手わざは経験がものをいうのだ。
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今回の一番の問題は、使い慣れた蕎麦包丁が手元にないこと。年末は飛行機で移動したので、いつものそば包丁は機内に持ち込むことができず、昔買った安物の蕎麦包丁を使わざるを得ないのであった。それでも何とかなるだろうと高をくくっていたのだが、実際にやってみると全く駄目であった。 何が駄目か?まず刃の長さが足りないので畳んだときに一回の包丁で切れないのだ。要はもっと蕎麦を伸すときに幅を狭くして畳んだときに短くすれば良いのだが、それでは長い蕎麦ができない。幅の広い蕎麦生地を幅の狭い包丁で切るのは一苦労だった。
また包丁の刃に柄が着いているが、柄の真下に包丁の刃身がないので、力が入らないのである。良くぞ最初にこんな包丁で蕎麦打ちを始めたものだ。
やはり手わざは道具だ。道具には長年の人間の知恵が徹底的に詰まっているものだ。そのこと一つ知るだけでも、手わざにはまってみる価値がある。
ちなみに最近は機械打ちの蕎麦も良くなってきて、かなり良い蕎麦が機械でも打てるようになっていると聞く。しかしながら、微妙なコネはまだまだ機械の及ぶところではなくて、機械ではそば粉と小麦粉の割合が5:5くらいまでの蕎麦しかできないと聞いたことがある。つまり二八の蕎麦は機械ではまだできないのだ。
二八の蕎麦を食べようと思えば、増して十割の蕎麦は手わざでしか食べられない蕎麦なのだ。手の技のすごいところだ。
パソコンでは絶対に蕎麦は打てないのである。
【実家へ】 毎年年越しは隣町に住む親のところへ家族四人で押しかけて過ごすと決めている。子供が生まれてからほぼ毎年恒例の行事なのである。
毎年毎年同じようなビデオを撮っているが、どうしたものかなあ。
こういうことを幸せと思う今日この日。
今年一年お世話になった皆様へ。今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。
それでは良いお年を。
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