【東京へ】 都市公園推進大会に出席するために久々に東京へ向かう。都市公園推進大会とは、全国から公園関係者が
一堂に集って都市公園事業推進のために気勢を上げる集会である。
広い砂防会館のホールを埋め尽くして、都道府県や政令指定市から担当者が参加している。
昔懐かしい人たちとも結構会えて、旧交を温めあうことも多く、公園関係者の同窓会的な側面もある。
もっとも大会そのものには国会議員も多く参列をして名前を呼ばれては一言だけ挨拶をする。たいていは
挨拶が済むとそれで失礼して帰ってしまうのだが、地元へはアピール効果もあるのだろう。やや前近代的な
集会と言う印象だが、人が集まってニーズを叫ばないような事業には予算も着かないと言うきわめて単純な
図式の表現と言うことである。
【カリスマ対行列】 本省でばったりと同期のカトさんに会う。カトさんは現在外郭団体に出向をしているのだが、その先で街
づくりに励んでいて、結構楽しい毎日を送っていると言う。カトさんとはいつもばかげた話で盛り上がる仲
で、会っていると楽しくなるのである。
今回盛り上がったのは、女性による街づくりプランについて。カトさんの職場で最近若手女性職員による
ダンスチームができて、彼は今そのマネージャーをしているらしい。 「なぜカトさんがマネージャーに?」と訊くと、「向こうから頼んできたから仕方が無い」と言いながら
、鼻の下は伸びっぱなしである。色艶まではいかないが、女っけのある話になるとわれわれの仲間内でも盛
り上がるのはカトさんくらいなもので、あとは皆まじめ腐った人ばかりである。
カトさんによると、「まちづくりが都市計画や公園計画、緑化でやれると思っているやり方には限界があ
るんだよな。結局人が楽しんでやっているかどうかで、それには女性の力とか女性の参加などは絶対に力に
なるんだよ。」との事で、その言葉には全面的に賛成である。
だが「もうちょっと爆乳も増えないとな!」となると、ちょっと視点が違うような気もするのだが…(^^;
)。
※ ※ ※ ※
さて、カトさんは今職場で融資による街づくりセミナーを主催しているとの事で、この日の夜はちょうど
その会合に当たるので残念ながら参加ができないということだった。カトさん自身、沖縄のG市や岐阜県A市
などへしょっちゅう出向いて街づくりのアドバイスを行っているとの事で、そういう個人的な振る舞いと言
うのはこの外郭団体ではちょっと浮いたところも見受けられて、カトさん的には守旧的な仕事振りしかしな
い回りに対するあてこすりの風もあるように見受けられた。
一方でそんなキャラクターなので、ダンスチームのマネージャーも頼まれたりするのだろうが、いずれに
してもやや公務員らしくない公務員なのである。
彼の夢は、「今さ、『街づくり大学』をネット上に作ってやろうと思ってさ、そうしたら俺が事務局長に
なってこの腕を大いに奮うという構想なんだ、どうだ!」とのことで、なかなか壮大だ。
勢いあまって、「こういうことばかりしているからさ、俺は今、人から『カリスマ公務員』と呼ばれてい
るんだ」とホラを吹きまくる。
そちらが「カリスマ」でくるならば、私も先日そばイベントを主催して三百人に蕎麦を提供したという話
をしたうえで、「それなら私のほうはさしずめ『行列のできる助役』ということになるな」と言うと大喜び
で、「それなら『カリスマ公務員』対『行列のできる助役』で街づくり対談をしよう」という点で意見が一
致。今度東京へ呼んでくれるそうである。
カリスマ対行列の話は魅力的だな。
※ ※ ※ ※
最後に、「カトさんと話していると元気が出るからいいな」と言うと、「お、それいただき。今度から俺
を『元気の出るカリスマ公務員』と呼んでくれ、いいな」とのこと。
うーむ、このバイタリティはさすがだ。
【仲間内の会合】 建設省の公園関係の仲間が集まって年に一度の会合が行われ、参加する。懐かしいメンバーが多いが、先
輩は年を食ったものだ。
それと反対に若手の数も増えて、それでいて若手の名前がなかなかわからない。自分も年を取ったという
ことなのだろう。
会話をしていて「助役さんになると話しっぷりが鍛えられたね」とあちこちで言われる。そうかな、と思
いながらも、毎日市長の横にいて演説を聴いたり、自分自身があちこちでお話をする機会が多いと自然と鍛
えられるのかな、とも思う。
人生、できる範囲でちょっと厳しいところへ行くと結構鍛えられるものだ。
【札幌へ】 羽田発最終の21時の飛行機で札幌へと向かう。飛行機はエア・ドゥとANAのコードシェア便で、何が変わ
ったかと言うと、機内でコーヒーかお茶のサービスがあったことである。
今までのエア・ドゥにはこのような機内サービスはなかった。また新千歳でも飛行機がターミナルビルに
直接接続できる。昔のエア・ドゥは虐げられていて、いつも外でバスに乗り換えてターミナルビルまで運ん
でもらうのであった。
かつては、そのことを意地で我慢していたものだ。良い意味で変わったように思えるのだが、今こういう
形になってみて、「エア・ドゥとはなんだったのか」、「それを作った意味と、つぶしてしまった意味をど
う考えるか」というあたりに振り返った反省があるのかないのか。
そんなことなどを考えていると、いつもながらのなんとも気概を失ってしまった道民気質に思えて寂しさ
と悔しさと情けなさなどを同時に感じるのである。
そうして今でも料金だけの問題ではなくして、意地でエア・ドゥで札幌に帰る自分がいるのである。
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