| 2003年10月23日(木) |
031023_新市名称候補決定 |
【新市名称策定小委員会】 新市の名称を五点程度に絞る、という命を受けた小委員会の第三回会合。
これまでに285点に上る名称のなかから、委員九名の選定により絞り込みを行ったのだが、まずはその結果報告を受ける。
絞り込まれた名称候補は十点で、遠州、掛川、かけがわ、小笠、三城、大掛、高天神、新掛川などの名称が残った。
そこで次に、各委員に対してこれがよいと思われるものをこのなかから二点選んで頂き、順に発表してもらった。その結果は、遠州、掛川、かけがわ、三城、新掛川という五つが候補として残った。
そこで委員の皆さんにお諮りをして、この五つの名称候補で良いかどうかを確認。全員から異議なしを確認して、わが小委員会として本協議会にあげる新市の名称候補はこの五点となりました。
※ ※ ※ ※
ここで、冒頭に私から委員長挨拶に代えて提案を行っていたのだが、次回に予定される議事内容が、「今日決定した名称候補の選定理由」であり、多くの時間を割いて議論するほどのこともないと思われるので、今日のこの場で選定理由も決定したいということについて、委員のご了承をいただいて、次に選定理由を決することとした。
こういうこともあろうかと、私の方から事務局に対して、「候補が十点に絞られたのだから、それぞれが選ばれるとした場合の選定理由を先に作っておいて欲しい」と指示を出しておいたのである。
そこで事務局では名称候補十点それぞれに選定理由を作っておき、今日のこの場で更に絞られたものだけをピックアップした資料として委員会に提出をしてくれた。
選定理由としては、各委員からもいただいていたのだが、通例ではせいぜい二〜三行に納めると言うことなので、総合的に簡略化したものになった。
一部委員から、アンケート結果では「掛川」という名称候補が最も得票が多かったので、そのことを選定理由としてはどうか、という意見が出され、やや議論となった。
しかし結果的には、そのことで誘導的な印象を与えるのはいかがなものか、という理由によって、今回はそのことを選定理由として書き込むことはしない、と決定した。
あとは若干の字句の修正はあったが、おおむね事務局の原案通りで、これを本協議会に提出をすることとして小委員会を閉会とした。 次回予定の第四回小委員会は開催しなくて済みました。委員各位のご協力に感謝します。
【東京での会合】 午後四時の新幹線で東京に向かい、北大造園関係の会合に出席する。
会合参加者は12名だが、なんと出席者のうち一番若いのが私。ちょっと後輩の育て方を誤ったような気がしますな。
そう言う目で見ると、現役の仕事に就いているのはご自身で商売をしている方を含めて、数人である。あとは大体OBとして第二の人生の真っ最中。
一番古い方は78歳で、1950年に大学を卒業とのこと。おいおい、私はまだ生まれていませんがな(^-^;)。
こういう先輩をなんだかんだ言いながら、知っていて話の我に飛び込めるぎりぎり若いのが私、ということなのかな。
次第に情報が人づてではなくて、インターネット経由になったご時世の中で、先輩・後輩という関係があまり意味をもたなくなってしまったということか。 もちろん情実人事なども出来る時代ではないしな。
それにしても、先輩も皆さんお年を召しました。最後はおきまりの「都ぞ弥生」を肩を組んで歌っておしまい。
これが伝統の力なんだけど、最近は大学の先生も自らの大学出身者ばかりではなくなったことと、造園自体への志望の学生が著しく減っているのだとか。
北大でも今年の三年生で造園志望者は女の子が一人きりだという!なんということだろう。
ある意味造園という実学が魅力を失っているのかも知れない。明確な就職先にも繋がっていない印象だし。 総合実学としての造園の魅力を再構築しないと行けないのかも知れません。そのためにも、もう少し組織力が必要なのになあ。
【今日のスローライフ】 掛川蕎麦研究会の立ち上げメンバーが決定。土曜日に顔合わせ会を行うことにしたが、多分11月16日のイベントまでには皆が蕎麦打ちをできるようになる、というわけにはいかない。
まずはイベントでの打ち合わせ、ということになるだろう。いずれにしても、まずは弟子の存在が必要なのだ。
さて掛川にいる間に何度蕎麦打ちを教えられることだろうか。この世界は、教えても教えても、自分自身がのめり込む気持ちにならないと上達しないのだ。 蕎麦打ちのコツは教えられても、「何事かに燃える、その気になる」という人生のコツは教えられないのだ、自分で獲得しなくてはね。
【今日のニュース】 日本シリーズは阪神が昨夜に続いて連夜のサヨナラ勝ち。これで対戦成績は二勝二敗の五分。
|