掛川奮闘記

2003年07月12日(土) 030712_蕎麦界の彗星

【朝のイベント】
 第二土曜日恒例のおかみさん会に顔を出してひやかし。ところがひやかしているつもりが、いつのまにかおだてられて、買い物をする羽目に。まあ、お賽銭みたいなもので。

 おかみさんの一人から、先日イベントで埼玉県へ行ったときの話を聞いた。

 「埼玉へ行きましたらねえ、例の土屋知事さんが来ましたよ。それも酔っぱらって良い調子で」
 「へえ、どんな感じでした?」

 「なんかね、権力あるぞって感じ。回りも何にも言わないんでしょうね。辞めるとか言っていましたけど、ああ、良かったっていう気持ちですよ」

 「そんなに悪い印象なの?」
 「良くはなかったですね、やっぱり」

 …だそうで、権力に乗っかってしまうと駄目なのかねえ、やっぱり。


【蕎麦打ちに『花咲乃庄』へ行く】
 今日誘われた集いは、「遠州そば食文化研究所」立ち上げの会合である。

 実はこの会はこれまで「袋井そば食文化研究所」と称していたのだが、活動を続けるうちに、参加者の九割以上が袋井以外の遠州地域の人たちだということが分かり、活動範囲や関係者の住んでいる地域と研究所の名前が一致しなくなっていたらしい。
 そこで、本日を期してこの研究会の名前を「遠州そば文化研究所」という風に変えることにしたのである。

 今日の会場は、豊岡村の「花咲乃庄」という庄屋館で、中には資料館があったり食事もできるという観光施設になっているところである。

 この建物を所有するのは大箸家で、幕末期には造り酒屋として栄え、近在で知らないもののない豪商だったという。

 しかし後代になっていくつかの事業に失敗をしたことで衰退していったという。

 そこで当代になってから、この屋敷を改装整備して公開することで、歴史と伝統に触れるきっかけにしようとしたものである。

 建物自体は、市長の家に似たところもあって、昔の実力者の家のありように共通の部分を見るようである。

 今日の会場は、ここで手打ちそばを提供するコーナーを夕方以降借り切って行うこととしたものである。

 日常的に蕎麦を打って、お客に提供するところなので鍋やらバーナーもしっかりしている。そばを食べるのにこれ以上のところはあるまい。

 さて、どんなことになるやら。


【演習蕎麦打ち界に鮮烈デビュー…なのか?】
 会合は4時から、ということだったので、3時過ぎくらいに到着したのだが、もう既に何人もの会員が集まっていて、話をしている。

 私を誘ってくれたこの会の主催者のMさんは、といえば、もう一玉の蕎麦を打っている。

 「小松さん、いらっしゃい、さあ、早速打ってくださいよ」と言われまごついた。車をちょっと離れた第二駐車場に止めたので、様子を見ようと道具を持たずに降りてきてしまったのである。

 「全麺協の初段を持った方のそば打ちが始まりますよ!」などと回りに声をかけるものだから、わらわらと人が群がってくる。ひー、緊張する。

    ※    ※    ※    ※

 しかしそこは慣れたもので緊張はしない(どっちだ←自己つっこみ)。まずは田舎そばの1kgを打ってみる。水の量は44〜5%といったところ。粉の割合は二八である。

 ほほいのほい、で玉を仕上げて見たが、改めてのし棒も駒板も包丁もないので、これからの作業を他人の道具を借りて行うというので自信がない。そこで一度車へ帰って道具を取ってくることに。やはり道具は普段使い慣れた自分のものが良いのである。

 伸して畳んで切って、という行程を経て、何とか蕎麦の形になった。

 見ていた回りからは、「たいしたもんだ」という声がかかるが、それほど蕎麦打ちを見たことがない人が見ればそう思うことでしょう。でも慣れた人が見ると、あちこちごまかしているところも多いんですが…(^-^;)。

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 ひと段落ついたところで、参加者同士の自己紹介と懇談。今回のメンバーもなかなか面白い人たちである。
 
 豊岡村役場の職員の方達、森町職員、大須賀町職員、県職員、JA、建築家、まちづくりアドバイザーなどなど、多士済々と言った風である。

 中には、湯布院が募集した人材募集に応募して二年間派遣されていた県職員のM氏がいたり、森町で地域興し塾の塾長をしている方などがいたりする。

 特にこの塾長さんの名刺の裏の肩書きは、「貧乏神の追い払い方教室」「『口癖』デザイナー」くらいはまだ良いが、「チンドンによる性格改造口座」や「ニューハーフの老後をますます明るくする会」「災禍転福の会事務局長・旧大痔主」と来た日には、返す言葉もない。

 しかしそれぞれ皆、蕎麦を打つ、食べる、批評すると言ったことを通じて人の輪を広げ、地域作り、地域興しにつなげて行こうというエネルギーをふつふつと感じるのである。

 わが市からの参加者は…と見回しても、食べに来たという病院の看護士さんが一人いるだけ…。うーん、寂しいねえ。わが市くらいになると、もうそんな地域興しと言っても、市の中の一部になってしまうのだろうか。

 豊岡村や大須賀町のような、小さなまちであればあるほど、何かやろうとすることはすぐに町全体へと広がるのだろうが、市の規模も大きくなると、それは地域だけの問題になってしまうのかも知れないなあ。

 蕎麦打つくらいもそうだが、このような集いにわが市からも誰か参加しないものかねえ。人脈がないのかなあ。 

    ※    ※    ※    ※

 さんざんたくさんの人と話をして、意見交換、情報交換をしたのだが、しまった!

 話し込んでいるうちに蕎麦を茹でる釜が終わってしまって片づけられてしまったのである。くそーっ、今日は蕎麦を食べ忘れてしまったーっ!

 あんなに打ったというのに…。

 そんなわけで、夜になってちょっと小腹が空いているのである。ぐー 

 協のタイトルは「蕎麦界の彗星」 現れるのも突然だが、そのうちいなくなるんだよね、彗星は…(-_-;)


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こままさ