| 2003年05月22日(木) |
030522_経済建設委員会〜窪野課長葬儀 |
【経済建設委員会】 今日は、今年の経済建設委員会のメンバーが揃って、初めての委員会。
中身は、新人の議員さんやら新委員もいるので現在の当市の抱えている事業課題などを説明して質疑応答で、現状を理解して頂こうというものである。
始めに委員長から、11時を目処として休憩に入り、午後の再会は13時半としたい、という発言がありました。11時からの農政課窪野課長の葬儀出席に対するご配慮を頂いたもので、感謝申し上げるのみであります。
最初の土木課と下水整備課が終わったところで休憩。一同は議員さんも含めて葬儀会場へと向かったのでありました。
【まんちゃの葬儀】 葬儀会場は関係者でごった返していて、二階の会場には登り切れずに階段の踊り場付近でたむろしている参列者も多い。
そんな中を分け入って、いけるところまで前に行く。祭壇前に100席ほどの椅子席があるがすでに満席で、回りにその倍は立錐している。
読経が始まり、賑やかな銅鑼や鐘で一区切り着いたところで、市長からの弔辞である。
前日に「あまり本気で弔辞の内容を考えると泣いちゃうからなあ」と明るく笑っていた市長だが、「本日ここに、故窪野君の…」と読み上げた途端に言葉に詰まり、声がかすれる。それを合図のように、会場からすすり泣きの声が一段と高くなった。
「…窪野君は、将来わが市を背負わなくてはならない人材だったのに、なんとも惜しいことになった…」と最大級の賛辞が述べられて、弔辞が終わる。脱力感。
続いて、同期入庁で共に野球で青春を過ごしたN課長からの弔辞である。冒頭に「まんちゃ!」とあだ名で呼びかけると、会場からさらにすすり泣きを呼ぶ。
「…僕もやがてそちらに行くから、楽しいところを探しておいてくれ…」
何を言っても悲しくなるだけである。
※ ※ ※ ※
遺族からの挨拶は、喪主である奥さんが直々に行った。これがこちらの風習なのだろう。
北海道ならば葬儀委員長が全て遺族の気持ちを代弁してしまうところだが、こちらでは喪主自らがお礼の挨拶を行う。「それが気をしっかり持たせる意味で、良いところもあるよ」という人もいたが、奥さんは気丈に勤めを果たされた。
やがていよいよお別れのとき。最後に一人一人が花を棺の中に添えて手を合わせて別れを惜しむ。
式場の前に待ちかまえていた霊柩車に棺が運ばれると、長いクラクションでお別れとなった。なんとも悲しい別れである。何があっても、簡単に死んじゃ駄目だなあ。 この市に来てから一番悲しい思い出ができてしまった。
【午後からも委員会】 午後は午後で、午前に引き続いて課題・問題の説明。こんな短時間で全ての事業と懸案事項が理解していただくのは難しいかもしれないが、こういうことを重ねて行くことで理解を深めてもらうより仕方がない。
夜には本委員会による懇親会が開かれる。お酒も大いに入って、委員会の場では時間切れで訊けなかったことはこの席での問答となる。各議員の素顔も見られて懇親も大いに深まったというものである。
改めて今年一年、よろしくお願いいたします。
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