アコースティックギターを初めて買ったのはある年の五月だった。 芝居の公演が終わった二週間後に、僕は当時付き合っていた彼女と別れた。 その前の週に僕は違う女性と会っていて、 どちらが好きなのか曖昧なまま、 僕の態度の変化に気がついた彼女の方から 別れようと切り出された。 そして、今でも人生最大だと思っている失敗をした。 僕は頷いて「しまった」のだ。
恵比寿の駅の山手線のホームで別れた彼女は、ずっと僕のほうを見ていた。
僕はその足で次の山手線に乗り、駅を乗り継いで楽器屋へ向かった。 そしてレッドサンバーストのアコースティックギターを買った。 馬鹿丸出しの僕は、暫くは彼女のかわりにこれを抱いていよう、 なんて考えていた。
しかし、澄んだ音が出ていたはずだったそのギターは、 いつのまにかネックにヒビが入ってしまっていて 少し濁った音を出すようになった。 そしてこの前、妹がギターを始めたいというのでこの前実家に預けることにした。 保証書に掛かれていた日付の意味を笑い話にして。
本格的に習おうと思ったときにそれからもう一本ギターを買ったのだが、 あのギターほど弾いていない。 定価で言えば3倍もするそれは、それなりにいい音がするのだが、 音以外の何かが違うように感じる。
そして、僕は音楽で飯を食おうという夢は夢で終わらせることにした。 また別の方向へ向かおうとしている。夢へ向かおうとしている。 それでもいつかは回帰するのだ。濁った、優しい音を奏でるギターへと。 僕のしたいことがこれで伝わるだろうか?
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