あお日記

2002年10月30日(水) 退職


 退院してすぐに専売所へ顔を出した。たったの2週間ではあったがとてつもなく長い間そこへ足を運ばなかったかのように気が重く、なにか後ろめたい感じだった。所長をはじめとして店の皆に迷惑をかけた気持ちがあった。入院中に一度電話を入れたのだが、その時に中年配達員のカンさんが困ったように私に言った。

「あいつ、店の金持って逃げちゃったよ」

 あいつ、とは例の偉そうに御託を並べた「兄貴」である。その去り際は彼の言葉の説得力をそのまま証明していた。ただ彼が去っていったそもそもの原因は私が突然リタイアして仕事を休むことになったからだ。カンさんは「取りあえず店は大丈夫だ」と言ったが、己の無力さ加減に追い討ちをかけたようだった。

 所長に会うまで私は自分の進退について迷っていた。このまま新聞配達を続けるべきかどうか悩んではいたが、かなりモチベーションは下がっていた。

 梅雨前のカラっと晴れたその日、昼頃現地へ着いてまず私がやったのはアパートの集合ポストの確認だ。2週間といえば嶋さんの返事が来ている可能性が十分あったからだ。幸いポストの中に目的物は確認できなかった。取って返して店に顔を出し所長に一連の不始末を詫びた。が、彼女は予想とは裏腹に穏やかな物腰でありながら他人行儀な物言いで私に応対した。それは私を追い出すための暗黙の了解のようだった。今思うと私の配達部数はかなり無理のある量だった。入院との因果関係を問われる前に消えてくれたほうが所長としても有り難かっただろう。

 そういった雰囲気を悟った私はそれ以上何も言えずにその場を辞して部屋へ行った。困ったことに鍵を忘れたので1階の窓の屋根に乗って泥棒のように2階の窓から侵入した。その部屋は私の必要最小限の私物しかなかったが、私の代わりにやって来たという配達員によってすでに使われていたのだった。そういった神経にはとても着いていけない、もうその部屋は私の居場所ではなくなった。

 荷物の引き取りを後日にして取りあえず全ての荷造りを行った。帰り際に奨学生の臨くんの部屋をノックしたが反応がなかった。当然彼は予備校へ行って留守の時間だった。



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