2002年10月21日(月) |
_/_/_/ 家路 _/_/_/ |
関東は今日梅雨明け宣言が発表され、そんなことも知らずに高校球児のように汗をかきかき仕事をこなした。非力な私に現場仕事は不似合いなのだろうが、これでもレッキとした男である(笑)。暑さも堪えたが、今日はなんといっても力仕事のほうがしんどかった。
3日ほど残業続きであったが、なんとか工期どおりに最低限のラインはクリアし、おまけに職人の皆さんがヘロヘロだったこともあって、午後4時には現場を出て家路に着く。
仕事中は果たしてこの体で無事家に帰り着くのか疑心も沸いたが、運転してみるとどうということは無いつもりでも普段ほどスピードは出せないし気もなかった。裏道をちょこまか抜けて最短時間で帰ろうなどと考える余裕はなく、なるべく単純な動作の繰り返しである大通りを選んだ。
私の出身高校付近の大通りを走っていた時のこと、目の前には2台のワンボックス車。中には子供と思しき集団が車内で何やらはしゃいで手を振り合っている様子。ドライバーにとってこういった車の直後につけるは注意力を削がれることもあってあまり歓迎すべき行為ではない。特に私の場合、せめて信号待ちでは後ろにつけたくない(笑)。
どうやら手を振り合っていた2台は全く関係がないようだった。でイヤだと思いつつ、とある信号でなすがままに1台の後ろに付けた私がチラっと見たのは子供の集団ではなく、中学生の部活動の試合帰りと思われる女子たちを6人ほど乗せた模様だった。
この先の日記で書くかわからないのでここで触れておく。この仕事を始めた頃の私は何故かやたらと中学生に人気があったようだ(笑)。あの頃はまだ公共工事が全盛の頃で、学校関係の現場が多かった父の会社はなかなか売り上げも好調だった。で、中学校に何日か仕事に行くと、必ず私は自身が学生時代に悩まされた『好奇の黄色い視線』にさらされるのであった。不特定の色恋と人間関係に興味のない私の関心外だった彼女たちは必ず何人かのグループで私の視線を捕らえようと黄色い輪で攻勢をかけてくるのだ(笑)。おそらく私が愛想笑いでも浮かべようものなら喜んで話しかけてくる若い勢いが彼女たちにはあった。当時の私はそういったエネルギーとは全く無縁な人間だった。もちろん一切見て見ぬフリそれを貫徹。ああ、とってもつまらない私の青春時代(大笑)。
体育着姿ではしゃぐ車内の彼女らはどうも私個人に手を振っているらしい。一車線道路ではさすがにそれを否定できず、信号待ちが来てしまった。「私か?」と自分に指を向ける仕草で聞くと、黄色い輪が歓喜に沸いたようだった。
程なく交差点で別の進路をとった彼女たちの車に手を振った自分がしばし仕事の疲労を忘れた瞬間だった。同時に私の人間としての器も大きくなったもんだと感じた刹那だった(笑)。これから社会へと巣立っていく彼女らに対して、子供たちに対して、大人はどうすればいいのだろうか?
隣に彼女さんが座っていたらどんな反応をしただろうか? と考えてみる。私の器が大きくなってそれを使えるようになってきたのは、褒めると照れ屋になって否定する彼女さんと出会ったからだと思う。
あなたが嫉妬をしたら、あなたが安心するまでキスをしよう。 あなたが嫉妬をしなくても、私が安心するまでキスをしよう。
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