私と同郷だった奨学生の先輩には彼が店を辞めていく少しの間に色々なアドバイスを受けた。彼は美術大学を志望していて、残念ながらその年の受験には失敗した。なので奨学生を続けようと思えば出来たのだが、そこが勉強をするに適した環境ではないと悟った彼は地元に帰ってやり直す道を選んだ。
「同じ店に来た奨学生とは極力仲良くならないほうがいい」 これは彼の経験として、仲良くなった地方出身の奨学生とどうしても妥協して遊びに出てしまう自分を責める言葉だった。ここに来た目的を知るならそれを目指して優先順位をつけろということだった。ただ彼は、そういった考えが人間として気持ちの良いことではない、と断りを入れた。
「新聞を配り終わったらさっさと店から出て連絡の取れない場所に行け」 これは専売所近くの部屋にいつまでもいると他の配達員の不着のために駆り出されるからだ。特に私のように真面目で断りきれない性格は利用されやすいから気をつけろということを言われた。給料以上の仕事はする必要がないし仕事自体に熱中するな、と彼は言った。バブル期の新聞の売り上げは絶好調であり、拡張も含めてその気になって仕事をすればバイトなんぞではとても稼げない額の金が手元に残るはずで、そちらに夢中になってしまう奨学生も多いらしいことを先輩が教えてくれた。
彼の助言をそのまま実行した訳ではないが、私の入所数日後に東北からやってきた『臨』くんという同期の奨学生とは仲良くなる気がなかったし、夕刊が配り終わると予備校の自習室にさっさと行っていた。今思えばもっと他にやりようがあっただろうに、そこには以前として冷淡でスカした自分が、環境を変えたに関わらず、存在した。
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