バブリーな風に乗ってやってきた感じのF1ブームにのっかった形で、そのシーズンから中継を見始めた私。そのブーム以前から周さんやラザは車に興味があって、色々とマニアックなことを教えてもらったものだ。卒業がすぐ先に見える冬あたりから部室にはメーカー別のカタログ集が何冊か置かれるようになり、自習の時、寒い部室でインスタントコーヒーをすすりながらそれをよく眺めたものだった。
「車両本体が300万くらいならバイトでも買えるじゃん!」
そう信じて疑わなかった我々はとんだ世間知らずだっただろう(笑)。少なくともそういった状況で手に入れた車は親の庇護あるバカ息子の図から逃れられないだろう。私もラザも家族に依存することを極力嫌う傾向にあったのでそのような状況を受け入れるはずはなかった。
結局私が初めて車を購入したのは二十歳くらいの頃で、もちろん連帯保証人は父になってもらったわけだ。社会という場所は責任の所在をはっきりさせたがる場所である。そんなことに気付かず、ただ目の前に近い欲求だけ満たすことを考えて、それを実現する気力もないまま時間だけを浪費する日々に歯止めがかかるのはいつのことだろうか? 何がきっかけだろうか?
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